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タイトル「熊は、いない」に隠された真意とは

『熊は、いない』 9月15日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開 ©2022_JP Production_all rights reserved
©2022 JP Production all rights reserved

ではパナヒは、フェイクドキュメンタリーという形をとることで、一体何を表現しようとしているのか。ヒントとなるのが、『熊は、いない』といういささか奇妙なタイトルだ。

タイトル「熊はいない」ー。これは、パナヒと村人が騒動を解決するために村の宣誓所へ向かうシーンに由来する言葉だ。このシーンで村人は、真偽はともかく、自分の罪を神に宣誓すれば万事解決だとパナヒに説き、「都会人の頭痛の種は役人だが、村人を迷わせるのは迷信だ」と告げる。その後、村人は、宣誓所の道中で熊が出ることを恐れるパナヒに、「熊はいない、張り子だ」と喝破する。

つまり、タイトルにある「熊」とは、「存在しないもの」を指すメタファーのことなのだ。

ここでもう一つ補助線を引いておこう。パナヒが監督するドキュメンタリードラマで、ザラとバクティアールがトルコを発つシーンだ。2人は、スーツケースを持ちながら、街の人々と別れの挨拶を交わす。と、カットがかかると、ザラがいきなりウィッグを外し、偽造パスポートを見せながら、カメラ(目線の先にはパナヒがいる)に向かって「ニセモノの道具を使ってドキュメンタリーを撮るのはおかしい」と怒号を浴びせる。

このシーンは、まさにパナヒが映画という媒体を使って「熊」を生み出してしまったことを示している。つまりパナヒは、フェイクドキュメンタリーというジャンルを利用することで現実と虚構を揺るがせにし、目の前にいる現実を利用することで、現実には存在しない「熊」を現出している。これは、映画というジャンルにしかできない芸当だろう。

しかし、パナヒは、本作の撮影後の2022年7月、イラン当局により再び拘束され、禁固刑に処されている。私としては、彼が再び「熊」に立ち向かい、新作を公開してくれることを待ち望んでやまない。

(文・司馬 宙)

【STORY】

国境付近にある小さな村からリモートで助監督レザに指示を出すパナヒ監督。偽造パスポートを使って国外逃亡しようとしている男女の姿をドキュメンタリードラマ映画として撮影していたのだ。

さらに滞在先の村では、古いしきたりにより愛し合うことが 許されない恋人たちのトラブルに監督自身が巻き込まれていく。2組の愛し合う男女が迎える、想像を絶する運命とは……。パナヒの目を通してイランの現状が浮き彫りになっていく。

【作品情報】

監督・脚本・製作:ジャファル・パナヒ
撮影:アミン・ジャファリ「白い牛のバラッド」
出演:ジャファル・パナヒ、ナセル・ハシェミ、ヴァヒド・モバセリ、バクティアール・パンジェイ、ミナ・カヴァニ・ナルジェス・デララム、レザ・ヘイダリ
2022年/イラン/ペルシア語・アゼリー語・トルコ語/107分/英題:NO BEARS
配給:アンプラグド ©2022_JP Production_all rights reserved
公式サイト

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