人間はなぜ生きるのか、いかにして死ぬのか―演出の魅力
黒澤明のフィルモグラフィには、透徹したまなざしで人間の生き方を見つめた作品が多く登場する。そんな黒澤のヒューマニズムが頂点に達した作品がこの『生きる』だ。
脚本は黒澤と橋本忍、小國英雄による共同執筆で、主演は『七人の侍』(1954)などで知られる黒澤映画の常連、志村喬。公開当時は、ベルリン国際映画祭の市政府特別賞をはじめ数多くの賞を受賞。2022年にはノーベル賞作家カズオ・イシグロの脚本によりイギリスでリメイクされるなど、公開から60年を経た現在も世界中で愛され続けている。
本作には、全編を通してある逆説が貫いている。それは、「死んだように生きていた人間の生が、死を目前にして輝き出す」という逆説だ。
主人公の渡辺勘治は、市役所市民課の職員として、無味乾燥なお役所仕事を30年間続けている。そんな渡辺がある日、胃がんに侵され、余命半年であることを宣告される。自分の最期の日々をどう過ごしていいか分からず絶望し、あてどもなくさまよう渡辺は、最終的に市役所の非常勤職員だった小田切とよに感化され、小さな公園の設立に余生をささげることを決意する。
人間はなぜ生きるのか、いかにして死ぬのか―。この問いは、人間であればだれしも一生に一度は抱く問いだろう。周知の通り、この問いに絶対的な答えはないし、それぞれが人生を生きていく中で見つけ出していくほかはない。渡辺は、自身の死と向き合う中で、未来を生きる子どもたちに公園を遺すことが、自身の人生の答えだと悟ったのだ。
『生きる』というシンプル極まりないタイトルは、本作が人間の生という普遍的な問題を扱っているからこそ際立っているに違いない。