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ジェノサイドに無関心を決め込む人たちの邪悪さを明らかにするタームとしての「関心領域」

関心領域
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 アウシュヴィッツ強制収容所のルドルフ・ヘス所長とその妻ヘートヴィヒの物語である。ヘス所長は戦後、裁判で死刑を宣告され、自身が100万以上のユダヤ人を残虐に葬ったのと同じ場所、アウシュヴィッツで絞首刑に処せられている。しかし、映画は決然としてそこまで描かない。

 グレイザーはヘス一家を取り巻くあらゆる要素を除去し、原作小説のほとんどの登場人物も排除して、カメラにおさめる範囲をおそろしく狭く限定した。映画の上映時間のほとんどが、強制収容所に隣接するヘス夫妻の邸宅敷地内で展開し、収容所の中の様子はまったく映し出されない。快適な漆喰の邸宅、花々が咲き誇る庭園、夏のポーランドの明るい陽光、うららかなヴィスワ川流域の景色が映っている。

 関心領域(The Zone of Interest)とはドイツ語Interessengebiet[インテレセンゲビート]の訳語で、ポーランド南部アウシュヴィッツ周辺の区域をナチス親衛隊がそう名づけたということらしいが、それはユダヤ人撲滅エリアの開設ばかりでなく、ドイツ国民の東方植民政策、生活圏拡大を視野に入れた用語であることは、映画の中でも登場人物が折にふれて口にしている。しかしながら、ジョナサン・グレイザーはこの命名行為を別の解釈で折り曲げようとした。

 塀の壁1枚を隔てて、美しい花々の向こう側では人類史上最悪のジェノサイドが起きているということに無関心を決め込む人たちの邪悪さを無言のうちに明らかにする精神的地図として、The Zone of Interestというタームを使おうとしている。

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