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作品から抜け落ちたリアルと
制作の背景にある巨大資本

© 2023 MASTER MIND Ltd.
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さて、ここまで読んでいただいた方には、本作がいかに素晴らしい映画なのか分かっていただけたはずだ。最後に、本作が傑作であることは前提として、筆者が不満に思う点を紹介しよう。

まず本作には、労働者のリアルが描かれない。平山は、おそらく暮らし向きから考えて決して裕福とは言えないことがうかがい知れるが、彼が抱える現実的な問題はばっさりと切り捨てられており、「小奇麗な下町スローライフ」としてしか描かれていない。また、田中泯演じる踊るホームレスも、作中にチラッと登場するにとどまっている。

トイレ清掃という職業についても、人の排泄物を扱うわけだから、本来であればもっと汚いシーンが出てきてもおかしくないはずだ。筆者は過去にトイレ清掃の仕事をしたことがあるが、吐しゃ物の掃除をしたりトイレの詰まりを直すために汚物まみれの便器に手を突っ込んだりと、なかなかハードな仕事だった。しかし、本作ではそういった大変さが一切描かれない。しかも、登場するトイレは安藤忠雄や佐藤可士和がデザインしたきれいなトイレばかりだ。

実はこれには裏がある。それは、本作が渋谷区内のトイレ刷新プロジェクト「THE TOKYO TOILET」の一環として作られた作品だということだ。そして本プロジェクトには、大和ハウス工業とTOTOが協力という形で関わっている。大資本が関係する以上、トイレを汚く映すわけにはいかないのだ。

ヴェンダースはかつて『東京画』で、1980年代の日本が、テレビや広告といったメディアに毒されてしまったことを嘆いていた。しかし、本作の背後にあるのはまぎれもない資本だ。小津安二郎の作品世界をモチーフにした作品が日本の巨大資本のもとで生まれたというのは、なんとも皮肉なことに思える。

演出面でも疑問が残る。先述の通り、本作はセリフの反復が随所に用いられているが、うまくいっているとは筆者にはどうしても思えない。独自の作品世界を構築した小津安二郎ならいさ知らず、ドキュメンタリータッチの本作では、どうしても浮いてしまっている(とくにタカシの台詞回しは明らかに違和感がある)。

邪推だが、これはヴェンダースと共同で脚本を執筆した高崎卓馬の影響が強いだろう。電通のクリエイティブディレクターである高崎は、これまで数多くのCMやドラマを担当しており、現在はラジオドラマ『BITS & BOBS TOKYO』(J-WAVE)で毎週ショートストーリーを発表している。

映像がないラジオドラマの場合、説明的な口調や特徴的な言い回しのキャラクターを入れないと作品として成立しない。高崎は、ラジオドラマと同じようなノリで映画の脚本を執筆したのではないか、ということがなんとなくうかがえる。

とはいえ、こういった問題点は、製作側もすでに織り込み済みなようだ。なにせ、本作のキャッチコピーは「こんなふうに生きていけたなら」だ。これは、本作があくまでヴェンダースの理想を示したファンタジーであることを示している。

映画を堪能した後、筆者は、出勤前の平山と同様に空を見上げた。いつもの日常が少しだけ輝いて見えるような、そんな不思議な作品だ。

(文・司馬 宙)

【作品概要】
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、 高崎卓馬
製作:柳井康治
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
製作:MASTER MIND 配給:ビターズ・エンド
2023/日本/カラー/DCP/5.1ch/スタンダード/124 分
© 2023 MASTER MIND Ltd.
公式サイト

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