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摩訶不思議な映画体験。『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』考察&評価レビュー。マルコ・ベロッキオの演出の真髄とは?

text by 荻野洋一

イタリア映画界を代表する巨匠マルコ・ベロッキオ監督作品『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』が公開中だ。1970年代のイタリアで起きた「アルド・モーロ誘拐事件」をめぐる人間模様を全6話、5時間40分という長尺で描いた本作。稀有なスリルの秘密を映画評論家の荻野洋一がひも解く。(文・荻野洋一)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】

【著者プロフィール:荻野洋一】

映画評論家/番組等の構成演出。早稲田大学政経学部卒。映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」で評論デビュー。「キネマ旬報」「リアルサウンド」「現代ビジネス」「NOBODY」「boid マガジン」「映画芸術」などの媒体で映画評を寄稿する。7月末に初の単著『ばらばらとなりし花びらの欠片に捧ぐ』(リトルモア刊)を上梓。この本はなんと600ページ超の大冊となった。

「虚実を精巧な織物のように取り混ぜて現実歪曲空間を造り上げる」マルコ・ベロッキオの至芸

『夜の外側 イタリアを 震撼させた55日間』
©2022 The Apartment Kavac Film Arte France All Rights Reserved

 上映時間は5時間40分。おそるべき長尺映画がいま日本国内で上映されている。イタリアの名匠マルコ・ベロッキオ監督の『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』(2022)である。ベロッキオは最新作『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』(2023)も今春すでに公開済みであり、日本の映画ファンにとって2024年は、時ならぬベロッキオ・イヤーとなった。

 この2つの新作には共通点がある。どちらもじっさいに起こった誘拐事件をテーマに映画が撮られている。19世紀半ばにローマ教皇庁がユダヤ教徒一家の赤ん坊を拉致してカトリックの僧侶として育成してしまうという、じつに奇妙な史実を物語化した『エドガルド・モルターラ〜』の方は、原題じたいが「Rapito」(イタリア語で「誘拐」という意味)であって、誘拐という主題に対するベロッキオの関心には並々ならぬものがある。

『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』の題材である1978年3月の元首相アルド・モーロ誘拐殺人事件は、ベロッキオにとって映画化するのはこれが初めてではない。2003年の『夜よ、こんにちは』がそれで、この時はモーロ元首相の誘拐を実行した極左テロリストグループ「赤い旅団」の側から描いた。ローマ市内のアパートメントの奥まった部屋にベニヤ板で四辺を囲んでもうひとつの小部屋を造り、映画を見る観客は奥へ奥へと、内側へ内側へと視線を誘われるように画面がしつらえられていた。

 ひるがえって今回の『夜の外側』ではタイトル(イタリア語原題は「Esternonotte」=「外は夜」という意味)からもわかるように、外へ外へという遠心力が不断に働いていて、事件の核心はすぐそこにあるというのに、触れてはならないかのように物事が進展していく。

 あらゆる虚実を精巧な織物のように取り混ぜて現実歪曲空間を造り上げ、さらにその歪曲空間をアンタッチャブルかつ無色透明な牢獄へと移行せしめるベロッキオのおそろしい手つきは、昔から定評があったけれども、ここにいたって誰にも真似できない至芸になっているように思える。

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