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マルチバースの可視化はSNSのメタファー?
“確定申告”をキーワードに『エブエブ』を考察

© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
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不条理で馬鹿らしく奇怪な作品の『エブエブ』だが、バースジャンプによって“別の人生を歩んだ自分を覗き見る”という行為は決して幸せなものではなく、それを覗き見ることは、結果として現在の自分の人生を否定することになってしまう。人生のなかで夢や目標を持つことはあっても誰しもが実現できるわけでもなく、大半はいくつもの諦めと妥協によって人生は積み重ねられていくものだ。

“もしあの時こうしていたら”という人生への悔恨は、夢や希望を持ち続けていた者ほど重く圧し掛かる。本作ではそういった面で移民であるエヴリンたち家族の人生が強く重ねられる。また、他者(別宇宙の自分)が可視化されることによって自己肯定感の低下につながる様はSNSの影響を想起させる。その点、本作からは現代社会に通ずる寓話としての側面も感じられるのである。

また、アホらしくてところどころにモザイクが入る下品な『エブエブ』だが、涙なしには観られないのが、エヴリンを中心とする夫と父、そして娘のジョイのとの母と娘の家族の物語である。こんなカオスでふざけた(ように見える)作品がなぜアカデミー賞で10部門11 ノミネートとなったのか。これがその理由でもある。両親と子供からの価値観の板挟み、若者特有の全能感と反抗期のニヒリズムや虚無感、夫のあきれるほどの楽観主義…。本作が描く普遍的なファミリードラマを眺めていると、映画それ自体が、スクリーンと向き合う観客一人ひとりの別宇宙での人生を描いているように思えてくるから不思議だ。

『エブエブ』は、表層こそカオスなおふざけが過ぎる珍作に見えるが、その深層には語りがいのあるテーマが幾重にも重ねられている。まあこんなに考える映画だったとはまったく思ってなかったのが正直なところであるが、本作は2023年の第95回アカデミー賞において、作品賞のほか、監督、脚本、主演女優、助演男優、助演女優、編集という主要部門で7冠を獲得した。またA24の作品としては初めて1億ドルの大台を超え、『ヘレディタリー/継承』(2018)を抜いて最高興行収入を記録している。

最後に余談だが、本作において確定申告は大きなポイントでもある。そもそも始めは税の申告をするひとりの女性の物語としてスタートしたという『エブエブ』。強烈なインパクトを残す国税庁監査官ディアドラ(ジェイミー・リー・カーティス)は、アメリカで暮らす人々が確定申告に対して抱く恐ろしさを具現化したキャラクターに見える。そう考えると本作のアメリカでの公開日が申告期限直前の3月だったのは意図したものだったのではないか(『アルマゲドン』(1998)では石油掘削職人の愉快な仲間たちが地球を救う見返りに税の免除を要求していたが、アメリカの税制とはそんなに恐ろしいものなのだろうか)。

そして日本公開が今年の確定申告期限直前まで公開を待たされたことももしかすると同様の理由だったのかもしれない。

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