キーポイントは“他者へ向けられる関心と優しさ”
映画は、主人公の娼婦ディアナが殺人鬼に襲われ失明。巻き添えで両親を失った中国人の少年とともに殺人鬼から逃げるという話だ。
謎の連続殺人犯に命を狙われる、失明してハンデを負った主人公、少年との逃避行など、映画として観た場合にはいささか平凡なプロットではあるが、“ジャッロ映画”としてはまさに直球である。
ダリオ・アルジェントは『フェノミナ』においてフロイトの学説に対応した性愛性と攻撃性の二つの心理的恐怖を取り入れたが、本作でも常に性愛性と攻撃性が背景にある。
安井泰平『ジャッロ映画の世界』(彩流社)では、人間の精神は性愛性と攻撃性のみではなく、外的な要因によっても説明されるとするジョージ・F・マーシャルによる外的要因の6点を挙げている。
1.しばしば無力感を伴うフラストレーション
2.自然災害・戦争・事故・怪我・病気・大手術を含む肉体的統合性に対する脅威
3.死別や時間的・空間的分離を含み、しばしば喪失対象との同一視を生み出す愛情表現の喪失
4.分離不安を伴う保護者との分離
5.しばしば孤独や孤立を招来する愛情対象の喪失
6.無視・無関心・低関心に起因する自尊心の喪失
驚くべきことにこの6つの外的要因によって『ダークグラス』の登場人物の心理が説明できてしまう。ダリオ・アルジェント監督はこの6つをそのまま人物造形に落とし込んだのではと思うくらいである。
ただし、最後の6(無視・無関心・低関心に起因する自尊心の喪失)だけは例外だ。アルジェント監督の希望か思いか、無視・無関心から反転し、他者へ向けられる関心と優しさが本作には満ちているのが面白い。