映画に影を落とす実際に起きた殺人事件とは
『家族ゲーム』(1983年)
上映時間:106分
監督・脚本:森田芳光
原作:本間洋平
キャスト:松田優作、伊丹十三、由紀さおり、宮川一朗太、辻田順一、松金よね子、岡本佳保里、鶴田忍、戸川純、白川和子
【作品内容】
三流大学の7年生という風変わりな家庭教師の吉本(松田優作)が、高校受験生の茂之(宮川一朗太)を鍛え上げる様をコミカルに描き、音楽なしの誇張された効果音、テーブルに横一列に並び食事をするという演劇的な画面設計など、斬新な表現が評判となった森田演出が冴えるホーム・コメディの傑作。
家族間の複雑な関係やコミュニケーションの問題、教育のあり方などを描きながら、日本の家庭や社会におけるさまざまな問題を浮き彫りにしている。
どこか風刺的でありながらもユーモアを交えたストーリー展開が特徴的で、日本映画史上に残る作品とされている。
1984年の第7回日本アカデミー賞で最優秀作品賞を含む4部門を受賞。監督の森田芳光は最優秀監督賞を受賞、松田優作は最優秀主演男優賞を獲得、伊武雅刀が最優秀助演男優賞を受賞し話題にもなった。
原作は本間洋平の同名小説『家族ゲーム』であり、家庭教師と生徒およびその家族の関係を描いた物語を描いており、映画はこの小説を基にしている。
【注目ポイント】
家庭教師である吉本(松田優作)が繰り広げる、常識を逸脱した言動の数々が考察ポイントである。
体罰による恐怖政治を行いながらも、茂之(宮川一朗太)のことを思ってアドバイスを送り、喧嘩の方法を教え、挙げ句の果てには学校まで志望校の変更を言い渡しに行くなど、果たして吉本は、沼田家にとって天使なのか悪魔なのかわからない。
また吉本だけではなく、沼田家の家族も皆個性的であり、特に父親である孝助(伊丹十三)は昭和にいた典型的かつ保守的な父親として描かれており、本作のテーマである「家族間のコミュニケーション」「教育のあり方」などに一石を投じる内容となっている。
そんな沼田家の将来に暗雲が立ち込めようなラストシーンについて、考察が繰り広げられている。本作のラストシーンは、吉本によって和やかだったはずの食卓が地獄と化し、その結果として、沼田家は一時ではあるが一致団結するかのように見える。
しかしその後、ヘリコプターの爆音により、平和かと思われた日常は不穏な雰囲気へと変わっていく。
不穏なムードを予言しているのは、食卓のシーンで父・孝助が口にする「また金属バット殺人事件が起きるかもしれない」というセリフである。
金属バット殺人事件とは、本作が公開される5年前に神奈川県川崎市で起きた、当時20歳の予備校生の青年がエリートの父親と母親を金属バットで殴り殺した出来事のこと。当時、過熱していた受験戦争の負の側面を象徴する事件として、社会に衝撃を与えた。
お受験戦争の渦中にいる子供たちと、ほとんど無意識に彼らを抑圧する親たちの不和が描かれる本作の背景には、実際に起きた殺人事件の影響がそこかしこに見える。ヘリコプターが爆音を立てて飛び回る描写は、見る者に、第二の金属バット事件が発生している、もしくは発生しようとしている、といった不吉なイメージを呼び起こさせる。
また、孝助以外の沼田家の家族が急激な眠気に襲われていることから、「孝助(伊丹十三)が水道水に睡眠薬を流し、一家を金属バットで皆殺しにしようとしている」といった考察もされている。
真相は明らかにはなっていないが、ラストシーンで描かれている地獄絵図な食卓、ヘリコプターの爆音は決して幸せなものではなく、沼田家の不穏な未来を暗示しているようにしか見えない。