ありすは、初めて花火を美しいと思えたのかもしれない
ありすは、大きな音が嫌いだ。少しでも大きな音を出されると、いつも耳を塞いでしゃがみ込んでしまう。そのため、ドーンと爆音が鳴り響く打ち上げ花火なんてものは、もってのほかだったのではないだろうか。
「わたしのこと好きになる人はいません」「わたしには愛される資格も愛する資格もない」と恋愛から距離を取ってきたありすは、恋人と花火大会に行く……というベタな経験もしたことがない。
そんなありすが、倖生と一緒に花火を楽しむことができた。もしかしたら、ありすはこの日、初めて花火を美しいと思えたのかもしれない。急に音が鳴ったから怖くて耳を抑えてしまったけれど、勇気を出して顔を上げることができたのは、隣に倖生がいてくれたから。
ありすは、着実に倖生に心を許し始めている。この人なら、安心できると思えるようになったのは、倖生が信頼されるために努力を重ねてきたからだ。
自分は大きな音が苦手だから、花火を楽しめるわけがない。そんなふうに、さまざまなことを“無理だ”と決めつけてきたけれど、一歩踏み出してみたら、目の前には綺麗な景色が広がっているかもしれない。まるで少女のように、目を輝かせているありすを見て、これからたくさんの“初めて”と出会ってほしいなと思った。
ありすをずっと守ってきた心護からしたら、ちょっぴり心配な気持ちもあるのかもしれないが、倖生になら任せても大丈夫ではないだろうか。
だって、倖生は目の前で大輪の花火が上がっているにも関わらず、ありすの横顔を見続けていたのだ。彼女の幸せそうな表情を見て、安心したようにフッと微笑む。その姿を見て、倖生は絶対にありすを傷つけるようなことはしないと確信した。