「人の面は意味を押し付ける側面がある」
バックショットを多用した理由とは?
―――撮影に関しても伺いたいと思います。光と暗闇のコントラストが印象的でした。
「今回撮影を担当してくれたのは寺本慎太郎という、僕と同世代のカメラマンです。撮影の寺本と、照明の渡邊大和と撮影助手の長橋隆一郎は、他の現場でも三人一組で活躍している、鉄壁のチーム。今回、撮影をお願いするにあたり、寺本の撮った写真や映像を見せてもらったのですが、即座に『彼が撮るものだったら絶対に信頼出来る!』と思いました。僕は生まれつき色盲なので、カラーに関しては、シャドーとコントラストでしか判断ができないんです。照明の塩梅とかもわからなかったので、そこは寺本を信頼して、お任せしました。撮影面における僕の唯一の仕事は、オッケーを出すこと。画に関する美点は技術部のセンスと努力の賜物です」
―――櫻井監督はフォトグラファーとしての顔も持っています。人物を中心から外した構図など美しいショットが多くあると思いました。フレーミングに関しても、寺本さんに託されていたのでしょうか?
「そうです。画に関しては、寺本が責任を持ってやってくれました。とはいえ、現場では寺本だけでなく、ヘアメイクさん、衣装部さん、制作部さん、それぞれが良いと思うこと、良くないと思うことに対して意見を言ってくれました。僕が最終的には決定を出しますけど、本作は全スタッフの共同作業によって生まれたものですね」
― 監督の顔色を伺うのではなく、みんなでアイデアを出し合って映画を面白くするという感覚ですね。現場の雰囲気作りという点で意識されたことはありますか?
「分からないことは『分からないから教えてほしい』と正直に聞くことでしょうか。あとはみんなのことを人として、ちゃんと見る。大切にする。それには役者として僕自身が感じてきた苦しみも関係しています。小橋川とか髙橋、寺本も含めて、みんなが現場で苦しい思いを経験しています。ただ若いというだけで、ベテランの方から蔑ろにされることもありました。今回の現場では、僕はそういうことだけはしたくなかった。例えば、スタッフとタバコ休憩を過ごす際には、映画以外の会話をして、ちゃんと”人として接する”。また、小橋川は率先して『みんなでご飯を食べよう』と声を掛けくれました」
―――なるほど。作品の内容に話は戻るのですが、大事な部分をあえて見せない演出が緊張感を際立たせていると思いました。真司がドラッグでダウンしているシーンでは、彼を見つめる恋人のさゆりの顔は映されず、終始カメラに対して背中を向けています。
「僕の写真家としてのスタイルとして、人の顔を正面から写すことはあまりしないんです。人の面は凄くパワーを持っている分、意味を押し付けるような側面がある。普段、映画やドラマなどを見ていると、カットバックによって登場人物の表情が律儀に示されるのですが、観客を信用してないと思うことがあります。背中からでも、相手の表情を想像することはできますし、その方が画面の色気が増す場合もある。ご指摘のシーンでは、真司と理人の心情を見せたかったので、さゆりが泣いている姿や、虚無的な表情を映すのではなく、観客に真司と理人のお芝居に集中してもらうため、 情報量を”軽くする”ということも意識しました」
―――櫻井さんの写真家としてのスタイルが本作にも刻印されていると。
「なんかね! 自然にリンクしたのかな。バックショットが印象的であるというのは初めて指摘されましたね。嬉しいです」
―――今のお話に関連して、かなりピンポイントな質問になるのですが、終盤に、一味のボス山城が復讐を遂げ、その様子を真司が階段の上から見ているというシーンがあります。山城のクローズアップのあと、真司の表情が示されるのかと思いきや、画面はロングショットに移行し、真司が後退りする様子が捉えられます。現場で真司のクローズアップは撮っていないのでしょうか。
「凄く鋭い質問です(笑)。もちろん撮ってはいたんですけど、真司のクローズアップを入れることで彼が山城の所に行けちゃうんじゃないかとか、余計なことを観客に考えさせてしまうのではないかと思い、自分の中で混乱して凄く悩んだシーンでした」
―――クローズアップがなくても…いや、ないからこそ、真司の動揺がヴィヴィッドに伝わって、凄く感動しました。
「ありがとうございます…。初監督作品ということで、『もっとこうしておけば良かったな』と反省点もいっぱいあるので、次の作品に活かしたいと思っています」
―――効果音がとても印象的でした。心電図の音や、耳鳴りを想起させる音など。効果音に関してはどのような狙いがあったのでしょうか?
「音は凄くこだわりました。今回は、鶴田海王さんという、名だたるアーティストの作詞、作曲、編曲を手がけられている方に音楽をお願いしました。以前、俳優として一緒に仕事をしたことがあったんです。音響に関しては、鶴田さんの家に何度も押し掛けて、撮影素材を見ながら、イチから作りました。最初、音楽が一切入っていないバージョンで本作を観て、十分に成立していると思いました。その時の印象を大事したいと思い、音は最小限にしようと決めました。作品を観てもらえれば、シーンが表現している感情とは相反するような音色があえて挿入されていたり、映像とプラスして音の伏線が張り巡らされていることなどに気づいていただけるかと思います」
―――劇中でスマートフォンが登場しないのが印象的でした。登場人物はガラケーを使用していますが、明確な時代設定があったのでしょうか?
「債権回収をしている人たちは、スマートフォン全盛の現在でも、情報をすぐに捨てられるという理由で、顧客リストだけはガラケーで管理していたりすることを、書籍を通じて知っていたので、そのような設定にしました。とはいえ、ディテールに関しては、解像度を上げすぎないということを意識しました。時代背景にコミットしすぎてしまうと、小道具から何まで全てを統一しなければなりません。なので、映画を観た時に、細かいディテールが気にならないように、色々な情報を上手く分散させることを意識しましたね。したがって本作に明確な時代設定はなく、色んなものが混ざり合っている、カオスとして世界観を構築しました」