ホーム » 投稿 » 日本映画 » 劇場公開作品 » 「日本では生きづらい」クラブハウスで知り合ったLGBTQ当事者の声で一念発起。映画 『手のひらのパズル』監督・黒川鮎美インタビュー » Page 3

演出家から「エキストラさん」と呼ばれた過去
現場では演者と一緒に感情を模索した

撮影武馬怜子

※ここから先は物語の結末に触れています。鑑賞前の方はご注意ください。

―――匠と梨沙が向かい合って離別を決意するシーンは、静かな迫力がありました。映画には映されていない時間で、色んな事があったのだろうなと想像させられました。

「ご指摘のシーンは、クランクアップ直前、最後に撮った場面でした。このシーンでは、書かれている脚本の3分の1を削ったんですよ。最初はセリフが多かったんですけど、竹石さんとやり取りしていくうちに、言葉を削っていく方向で芝居を構築していきました。極力「間」を大事にしたいという思いもありましたね。またこのシーンでは、撮影前に、竹石さんに『一回しか撮りません』と伝えました」

C2022BAMIRI

―――「一回しか撮りません」という言葉は、ある意味どんな演出よりも強い言葉ですね。

「私自身、直前まで吐きそうでした(笑)。メイキングを見ると、緊張で喉に粘膜が張りついていたのか、『お茶下さい』という声も、掠れてほとんど出ていませんでした。とはいえ、現場がピリついていたわけではなく、適度な緊張感が全体に行き渡った、凛とした雰囲気で撮影を進めることができました。そういう空気感はスタッフ一人ひとりの協力なくしては作れませんから、感謝しています」

―――このシーンの直前には、夜道を歩く梨沙の様子が描かれますが、彼女の足音が次のシーンの頭にも被さりますね。どのような意図で足音をオーバーラップさせたのでしょうか?

「本当は2人が話し出す前にもっと間が欲しかったんです。実際、現場では沈黙の間があったのですが、尺的にカットを余儀なくされました。どうしたら間を使わずに別れのカウントダウンが描けるのかなって思った時に、たまたま時計の針の音が耳に入ってきた。終局へと向かう時間の経過が、音だったら表現できると思って、梨沙の足音を被せることにしました」

―――梨沙の母にしても、モラルを欠いた人ではなく、娘に幸せになってほしいと願う優しさが、娘を苦しめています。演じ方のさじ加減を間違えて、意地悪な人に見えてしまうとまったく違う映画になってしまいますよね。キャスト陣と作品の世界観を共有するのは大変だったのではないですか?

「幸運なことに、オーディションの段階で、全ての役が「この人しかいない」という感じだったんですよ。自分の中にあった、『この役はこういうイメージ』というのが、オーディションの時点ですでに出来上がっていた。よって、キャラクターのバックボーンを伝えること以外に、現場でお芝居について細かく指示をするということはありませんでした。演出という点では、解釈を押し付けるのではなく、『このシーンではどういう気持ちでいると思う?』といった形で問いを投げかけて、演者と一緒に感情を模索することを意識しました。特に真子役の長内映里香さんとは、一番密にやり取りをしたかもしれません」

C2022BAMIRI

―――真子と梨沙のシーンも印象的でした。

「ラストシーンでは、人目を気にした真子が梨沙の手を離してしまい、梨沙がその手を取り直すという芝居がありますけど、実はシナリオでは、逆だったんです。元々は、男性の恋人と別れたばかりの梨沙が、周囲の目を気にして手を離してしまうのを、真子がつなぎ直すという場面でした。でも、LGBTQ当事者の中には、恋人に対して『自分の世界に巻き込んでしまった』という罪悪感を抱えている人も少なくない。そんな声を私は取材を通して聞いていました。そんな葛藤を抱えた人が恋人から手を払われたら、多分つなぎ直すことはできないし、立ち直ることは難しいと思ったんですよ。今申し上げたようなことを長内さんに投げかけて、彼女の気持ちも聞いた上で、脚本を書き換えました」

―――映画監督には様々なタイプの方がいて、「こうしてください」と一方的に演技指導をする方もいらっしゃいますよね。でも黒川監督はそのようなスタンスはとっていません。

「そうですね。私、以前別の作品にサブキャストで出演させていただいた時に、現場で演出家の方から『エキストラさん』って呼ばれたことがあって、悲しい思いをしたことがあるんです。慌ただしい撮影現場で、いちいちサブキャストの名前を憶えていられないという事情はわかります。とはいえ、たとえ端役であっても、一生懸命役作りをして、一言のセリフに命をかけている役者に対して、ちゃんと向き合ってディスカッションするのが筋だろうと、かねてから思っていたんです。今回監督を務める上で、一方的に演出するのではなく、演者と一緒に作っていくという感覚は大事にしたいと思ったし、そこはしっかり実現できたかなと思っています」

C2022BAMIRI

――――本作はすでに国内外の映画祭で上映されています。LGBTQ当事者の方がご覧になる機会もあったのではないかと思うのですが、反響はいかがでしたか?

「先行上映会を実施した際に、観客の方と対話をする機会があり、多くの感想をいただくことができました。中には本作を観て、涙を流される方もいらっしゃいました。その方からは『みずから選んで女性になったわけではないのに、知らないうちに差別を受け続け、ストレスが重なり、“なぜ女として生まれてしまったのだろう?”と思い悩む日々がフラッ シュバックした。でも最終的に、私にも自分なりの幸せの形があると気づかされ、“生きていてよかったんだ”と思った瞬間に泣けてきた』という感想をいただきました。嬉しいご感想でしたね。苦労して撮った甲斐があったと思いました」

――――2月11日からスタートする東京上映を機にその輪がさらに広がるといいですね。

「そうですね。他にも、『撮ってくれてありがとう』とか、『自分の人生をすごくポジティブに捉えられるようになった』といった感想をいただいたことで、撮影現場で満足に眠れなかったとか、編集作業が大変だったとか、映画作りにまつわる様々な苦労が全部どうでもよくなって、 “このためにやってきたんだ”という気持ちが溢れてきました。今はただ、一人でも多くの方に劇場で映画を観ていただいて、ぜひ感想を聞かせてほしいと思っています」

撮影武馬怜子

(取材・文:山田剛志/映画チャンネル編集長)

【作品情報】


監督:黒川鮎美
脚本:黒川鮎美
撮影:鈴木佑介
照明:中上歩
録音:大町響槻
出演:黒川鮎美、 長内映里香、竹石悟朗、なだぎ武、中野マサアキ、斉木きょうこ、川連廣明、イマムラキョウカ、ジェントル、由良朱合
配給:BAMIRI。
公式サイト

2月11日(土/祝)より池袋シネマ・ロサにて公開

【関連記事】
「役と自分がピッタリ重なった」映画『生きててごめんなさい』。ヒロインを務めた女優・穂志もえかインタビュー
「お涙頂戴の話にはしたくなかった」映画『あつい胸さわぎ』まつむらしんご監督&女優・石原理衣さん独占インタビュー
「素の私のままでいいんだ」若年性乳がんと恋愛をテーマにした青春映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜&佐藤緋美インタビュー

1 2 3