「簡単に赦せるわけがない…でもその先にあるものが見たかった」殺人の被害者遺族役で葛藤。映画『赦し』主演・尚玄インタビュー
娘を殺された元夫婦と、犯行時に未成年だった加害者女性の葛藤を描く映画『赦し』が、2023年3月18日より公開される。今回は、本作で主役を演じた俳優の尚玄さんのインタビューをお届け。未成年が引き起こした殺人事件の「被害者の父」という難役を演じる上での葛藤や、撮影時のエピソードについてじっくりお話を伺った。(取材・文:寺島武志)
【尚玄 プロフィール】
1978年6月20日生まれ。沖縄県出身。大学卒業後、海外でモデルとして活動。2004年に帰国し、俳優としてのキャリアをスタートさせる。2005年には故郷沖縄を舞台にした
『ハブと拳骨』で映画初主演。その後も定期的にドラマ、映画などに出演する。主な参加作品は、映画『GENSAN PUNCH 義足のボクサー』(ブリランテ・メンドーサ監督)、『彼方の閃光』(半野喜弘監督)、『Everything, Everywhere』(リム・カーワイ監督)。2023年釜山国際映画祭にてASIA STAR AWARDを受賞。
「今までに見たことのない尚玄を撮りたい」
監督の思いに応え10キロ以上増量して難役に挑む
――「未成年犯罪」という重いテーマの作品ですが、脚本を読んだ時の第一印象を教えてください。
「台本を最初に監督に読ませてもらった時は、コロナ禍真っ只中でした。隔離中ということもあって、人々の心と心の間に距離ができている時期だったと思います。また、個人的には、過ちを犯してしまった者に対して、匿名の人々が過度な誹謗中傷を浴びせ、寄ってたかって袋叩きにするような傾向がより深刻化しているように感じた時期でもありました。
僕自身が“赦し”というテーマに対して、すごく考えていた時期だったのです。当時は、長年の夢だった『義足のボクサー GENSAN PUNCH』(2021)という作品が、8年かけてようやく完成して、自分の中で空白期間と言いますか、何に対しても無気力になっていた時期でもありました。
そんな時にアンシュル・チョウハン監督のオーディションがあったんです。それは、監督が撮る予定だった3本目の長編作品だったのですが、僕は重要な役をいただいて、ようやく没頭できる仕事に取り掛かれると思った途端、コロナで流れてしまったんです。
意気消沈していたところ、監督が『企画から一緒に映画を作ろう』と声をかけてくださいました。監督からは企画書を4つほど読ませてもらったんですが、中でも『赦し』は、読んでいて最も胸が痛かった。だけど、最も挑戦したい役でもありました」
――愛する一人娘を理不尽に殺された上に、それが原因で、自らの人生をも狂わせてしまう主人公・樋口克という難役に挑んだわけですが、この役を演じる上で心掛けたことはありますか?作中では、普段の尚玄さんよりもややふっくらした印象を受けました。
「監督は克のイメージを明確に持っていて、僕の写真をフォトショップで加工して、こういうビジュアルにしてくれという要求があったんです。僕はボクサーの役を演じた後も、ずっとボクシングを続けていたので、引き締まった体型を維持していました。
今回僕が演じた役はアルコール依存症を患っていますが、僕なりにいろいろ調べた上で、やせ型のアルコール依存症の方もいるので、そちらの方向性もあるのではないかと、 監督に提案したのですけど、どうしてもこのビジュアルじゃないとダメだと。監督は譲らなかったですね。
そこからいっぱい食べて、体重を増やしました。元々60キロ台後半だったのですが、80キロぐらいまで体重を増やして撮影に臨みました」
――前作(『義足のボクサー GENSAN PUNCH』)のイメージが鮮烈だったのでファーストカットで「本当に同じ人かな?」と思いました。これは想像ですが、監督は、従来のイメージを払拭して、今までとは全く違う尚玄さんを撮るのだという思いがあったのかもしれませんね。
「そうですね。やっぱり僕は監督の作品をずっと見てきましたし、彼も僕の作品をずっと見てくれているので、『今までに見たことのない尚玄を撮りたい』ということは、最初から言ってくれていました。
年齢に関しても、僕は実年齢よりも若く見られることが多く、これまでも自分の年齢より若い役を演じることが多かったのですが、今回初めて実年齢より上の役を演じました」
――克はちょっと不健康そうな、さらに言うならば小汚い感じのイメージです。ファーストカットから役に馴染んでいるという印象を受けました。
「クランクインする何週間か前に、監督が克の衣装を僕に渡してくれていたので、それを着て生活していたのですが、役に入り込む上ですごく助けになりましたね。克はスキットル(蒸留酒用の小型水筒)を懐に忍ばせていますが、僕はそれに一番安いウイスキーを入れて、本当に持ち歩いていました。
普段電車に乗っていると、待ち切れないのか車内でお酒を飲まれる方とか、たまにお見かけするじゃないですか。そうした感覚は自分の中にはないものだったので、形だけではありますが、クラインクインする前は、酒を渇望する男になりきって生活していました」
――やはり衣装から膨らむものはありますか?
「ありますね。克の服装は僕の普段の格好とは全く違いますし、克と違い僕はタバコも吸いませんから。ちなみに劇中では言及されていませんが、ジッポーは元妻からもらったという設定だったので、それを肌身離さず持っていました。
他にも監督は、前もって小道具とそれにまつわる設定をしっかり用意してくれていたので、役作りの上でとても助かりました。
あと、監督は克の“音楽リスト”も作ってくれたんですよ。こういう感情の時にこの曲を聞けとか…。中には数時間にも及ぶ長い曲もあるんですけど、不協和音を織り交ぜてデプレッション(憂鬱な心理状態)を作る、ちょっとうつ気味の感覚を呼び起こすような音楽なんです。
あとは元妻との蜜月の時代を思い出させるような音楽とか、シーンに合った楽曲のリストを作ってくれたので、それを聞きながら感情を作っていきました」
――ユニークな演出ですね。
「そうですね。でも役作りをする上で助けになりましたね。とにかく今回は本当に時間がなかった…。2020年の11月ぐらいから本格的に企画が走り出して、2021年の2月1日にはクランクイン。長編映画の準備期間としては異例の短さです。
元妻・澄子役のMEGUMIさんとは初対面だったんですけど、 最初の顔合わせを終えてから、密に連絡を取り合って演技について沢山言葉を交わしました。
この作品は、娘を殺された7年後からスタートしますが、2人がどういうふうに出会ったのか、どんな大学の何年生の時に出会ったのか、子どもができた時はどのような状況だったのか、自分の娘が帰ってこなかった日に2人はどういう会話をしたのかなど、克と澄子が積み重ねてきた時間のディテールを一緒に作っていく作業をかなり綿密に行いました」
――監督からの指示ではなく、お2人が自発的に取り組まれたのですね。
「そうですね。とはいえ、監督からも、クランクインまでに『2人の関係性をちゃんと築いておいてね』 と言われていました」