事前プロモーションが一切行われなかったワケ
なぜ本作は、これまでのジブリ作品にも増して、「面白くない」といったネガティブな意見が飛び交っているのか。それは、本作が他の宮崎作品とは異なり「二重底」ではないからだろう。
従来の宮崎作品は、宮崎自身の内情や壮大なコンセプトといったメッセージが底にありながらも、表面上は子供でも楽しめる冒険活劇の体裁がとられていた。しかしこの「二重底」の構造は、『崖の上のポニョ』(2004年)で徐々に崩れ、本作では完全に瓦解している。
早い話が、本作は血湧き肉躍るエンターテイメント映画ではなく、難解で分かりづらいアート映画なのだ。そう考えると、なぜ事前宣伝がなされなかったかについても合点がいく。本作がアート映画であることを全面に出すと客入りに響く。一方、予告編でさもエンタメ映画であるように宣伝すると観客を裏切ることになってしまう。つまり、事前に箝口令を敷く以外選択肢がなかったのだ。
とはいえ、本作ははじめから難解なわけでは決してない。本作の主人公・眞人は、太平洋戦争中に火事で実母を失い、軍需工場の経営者である父親の正一の再婚をきっかけに久子の妹・ナツコのもとへと疎開する。眞人は、疎開先の屋敷で不審なアオサギを見かける。彼がアオサギの姿を追うと、そこには謎の塔が立っている。その晩、眞人は、ナツコから塔が大叔父様によって建てられたこと、塔の地下に巨大な迷路があることが伝えられる。
本作が難解になるのは、眞人が消えたナツコを追って塔の中へと足を踏み入れて以降だ。セキセイインコの兵隊やペリカンなど、さまざまなキャラクターが登場し、物語はフィクションと現実が激しく交錯しながら展開する。