“今までにありそうでなかった”脚本の魅力
コロナ禍真っ只中の2021年1月に公開されたにもかかわらず、興行収入38億円超のスマッシュヒットを記録した本作は、脚本家・坂元裕二による完全オリジナル作品である。興行的な成功に加え、国内の映画賞を席巻するなど、批評面でも成功を収めた。ちなみに、監督の土井裕泰とはドラマ『カルテット』(2017)以来のタッグ作である。
ハリウッドの恋愛映画によく見られる作劇パターンには、「正反対の性格を持つ男女が出会い、度重なる衝突の末に結ばれる」というものがある。一方、本作では、ハリウッド製ラブロマンスの王道パターンをあえて裏切り、「まったく同じ感性を持つ男女が出会い、微妙なすれ違いを繰り返した末に別れる」ストーリーが、時に軽快に、時に重厚なタッチで描かれる。
本作が“今までにありそうでなかった”という印象を与えるのは、従来のセオリーを軽やかに裏切りつつ、恋愛映画ならではのときめきや、切なさもしっかり感じさせてくれる点にあるだろう。とはいえ、本作のユニークな魅力はそうした部分にとどまらない。
まるで双子のように心を通わせ合っていた2人の若者が、環境の変化によって価値観にズレをきたし、対立した末、別の人生を歩んでいくーーー。これは青春映画における王道のストーリー構成だが、『花束みたいな恋をした』の物語にも真っ直ぐ通じるものだ。
男女の恋愛を描いているため、ストレートなラブストーリーとして受けとめてしまいがちだが、本作のエモーショナルな魅力は、青春の終わりを、この上なく繊細なタッチで描いている点にも求められるのだ。
企画を立ち上げ、シナリオを執筆したのは、1967年生まれの脚本家・坂元裕二。90年代を代表するテレビドラマ『東京ラブストーリー』をはじめ、数々の名作ドラマを世に送り出し、大ヒット映画『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004)の共同脚本に名を連ねるなど、名実ともに日本を代表する脚本家である。
サブカルチャーにまつわる実在する人物や作品名が自由自在に引用されるのに加え、明大前駅や調布駅、銀座コリドー街にあるスタンディングバーなど、実在するスポットに根ざした物語となっているため、観る者はストーリーに深い共感を寄せることができる。
とはいえ、誰もが共感できる物語には、ステレオタイプで使い古された表現がつきものだ。しかし、本作ではGoogleアースの観測写真や、音楽鑑賞におけるモノラルとステレオにまつわるエピソードなど、ツボを突いた小ネタが無数に散りばめられており、新鮮な驚きに満ちている。
本作は、あらゆる点で、“今までにありそうでなかった恋愛映画”なのである。