“あてがき”ならではの血の通った芝居に引き込まれる〜配役の魅力〜
近年、興行収入10億円以上を叩き出した邦画のヒット作といえば、人気漫画やベストセラー小説を原作にした作品が大半を占めている。そんな中、オリジナル脚本である本作が興行収入38億円以上のヒットを記録したのは快挙と言っても過言ではない。
既存の小説やコミックを脚色するのではなく、映像化を前提に書き下ろされたオリジナルシナリオの利点の一つは、演者を想定してストーリーやセリフを構想することができるため、望み通りのキャスティングができた場合、キャラクターと演者の個性がピタリと一致し、力強い表現が可能になることだ。
本作の物語は、麦役に菅田将暉、絹役に有村架純を想定して書かれたものであり、2人のセリフ、身振り、それらが導くストーリー展開にまったく無理がなく、一挙手一投足に血が通っている。
麦と絹が終電間近の明大前駅で出会い、2軒の居酒屋とカラオケをハシゴし、麦の自宅にたどり着くまでの充実した時の流れは、途中で降り出す雨の効果も相まって、恋のはじまりをドラマチックに、かつ極めて自然に描き出すことに成功している。注目すべきは、シーンのリアリティが、酒を飲み、紅潮した顔で言葉を交わし合い、夜風にあたって酔いを覚ます、両者の芝居の微細な変化によって巧みに表現されているという点だ。
およそ5年間という時の流れを描きながらも、フォーカスは常に麦と絹に合っており、第三の人物が物語に絡み、2人の関係性に変化をもたらすことはない。三角関係など、ドラマチックな展開は生じず、麦と絹の2人だけの世界を、定点観測していくスタイルは本作のユニークな魅力である。
麦と絹が奥行きのあるキャラクターとして描かれる一方、サブキャラクターたちは皆、のっぺりとした、書き割りのような存在感しか与えられていない。麦に転職を決意させた、イベント会社社長・加持に扮するのはオダギリジョー。心の機微を表現するのに長けた名優だが、本作では麦とは対照的な、落ち着いた雰囲気のベンチャー企業の社長を、当たり障りのない芝居で演じている。
打ち上げの席で絹が加持から食事に誘われるシーンでは、やや不自然な編集がみられる。加持から「ラーメンでも食べに行こう」と誘われ、微笑む絹のクローズアップに続くのは、帰りの電車に揺られる彼女の姿である。絹は加持の誘いを断ったのか、それとも二人きりで食事をしたのか。絹と加持の関係をはっきり描かないことによって、物語の焦点は麦と絹の2人に合い続けるが、その分、加持がどういうキャラクターであり、どのような内面を持っているのかは深く描かれず、宙ぶらりんのまま放置される。
麦と絹が別れ話をするファミレスのシーンでは、NHKの連続テレビ小説「おかえりモネ」で主演を務め、大ブレイクを果たした清原果耶が、若いカップルの一人として登場。その相手役を務めた細田佳央太とともに、初々しい演技を披露している。