組織よりも個人にフォーカス。滅びの美学を描く~脚本の魅力~
原作を手がけたのは、元暴力団幹部という異色の経歴を持つ、小説家の藤田五郎(1931〜1993)。主人公・石川力夫(1926〜1956)は、戦後間もない新宿駅東口に一大勢力を築いた暴力団「和田組」の門を叩いた、実在するゴロツキである。
石川は敵対組織への過剰な破壊行為によって、身内からも警戒される根っからの狂犬。社会からあぶれた者の集合体であるヤクザ組織からも爪弾きにされ、クスリに溺れ、周囲の人間を傷つけながら、刑務所で短い人生にケリをつける。ちなみに、監督の深作欣二は石川と同じ、茨城県水戸市出身。本作の制作に着手する以前より、石川に並々ならぬ関心を向けており、『現代やくざ 人斬り与太』(1972)『人斬り与太 狂犬三兄弟』(1972)の2作品でも、彼の人生にインスパイアされたエピソードが登場する。
『仁義なき戦い』や、それに影響を受けた北野武『アウトレイジ』(2010)のように、権謀術数渦巻く組織にフォーカスするのではなく、個人の破天荒な生き様を執拗に描いている。その点、本作は、社会の嫌われ者を主人公に据え、その栄光と破滅を描くピカレスクロマン(悪漢小説)に近いフォーマットを持っている。
藤田五郎の原作を脚色したのは、鴨井達比古、松田寛夫、神波史男といった、数多のヤクザ映画の名作を手がけてきた精鋭たち。企画が動き始めた当初は、鴨井単独でシナリオ作りを進めたが、組織を描くことに重きを置く鴨井と、個人の生き様を重視する深作が対立。松田と神波が参加してシナリオは抜本的に練り直されたという。
石川のスチール写真に生前の彼を知る人々の声を被せる、ドキュメンタリータッチの幕開けは、試行錯誤の末に生み出されたアイデア。スチール写真はすべて仕込みだが、音声は実際に取材を行った際に録ったものを使用しているという。従来のヤクザ映画のフォーマットを打ち壊す、無類のリアリティを誇るシナリオは、観る者を魅了してやまない。