静かでありながらも秘めた思いを感じる錦戸亮の芝居
主人公の兼三郎は長年連れ添った明子を失い、心にぽっかりと穴が開いた様子。喪失感に打ちひしがれながらも、妻の最後の願いであるウィンダミア湖での散骨を何が何でも完遂しようと奮起する。夫婦の若かりし頃の回想シーンも含まれ、明子との思い出を辿る旅のような場面も多い。生前、明子が慧のことを気にかけて兼三郎に伝える場面もあり、慧がかけがえのない存在であることが分かる。
錦戸が演じる慧は妻子ある身。最愛の母を亡くしたものの悲しみに暮れるわけにもいかず。葬儀を前に、喪失感がそうさせたのか行動が定まらない兼三郎の世話をする。
比較的静かに進行する物語であり、錦戸のセリフ量もそう多くはない。とはいえ母を失った悲しみ、父への積年の思いを含んだ心情を表情だけで伝える場面が多々ある。父の前では息子であり、妻子の前では夫・パパと複数の顔を見せ、巧みな切り替えによって慧の人柄を表現した。
心を閉ざした父と、父にぶつかっていけなかった慧。イギリスからの道中では、土地勘のない場所での苛立ちも加わってか、長年のわだかまりを抱えたままの兼三郎と慧が衝突する場面も。
大げさに荒ぶることもなく、総じて静かな作品だからこそ、錦戸が見せる目と眉のわずかな動きに込めた表情が胸を打つ。慧が父を呼ぶときの声のトーンも印象的で、自分が子を持つ親になろうとも、息子として心の奥底に積み重なった父への思いをぶつけるシーンにも心を揺さぶられた。
錦戸は、これまでに主演作品を複数持ち、俳優としても華のある存在だが、影のある心に何かを抱えた役柄が上手い。主演のリリーに負けることなく、両親にとって息子である慧の存在の大きさを示す役割も果たしていた。
物理的には近くにいたとしても、そう簡単には埋めることができない心の距離。もどかしさを感じながらぶつかり合う父と子、それぞれの一生懸命さが胸を揺さぶる。実際に映画館では控えめに鼻をすする音が方々から聞こえてきた。邦画とはやや異なる言葉の表現にも注目しながら『コットンテール』の静かでリアルな世界観を体感してはいかがだろう。
(文・柚月裕実)
【作品概要】
出演:リリー・フランキー 錦戸亮 木村多江 高梨臨 / 恒松祐里 工藤孝生 / イーファ・ハインズ and キアラン・ハインズ
監督・脚本:パトリック・ディキンソン
製作プロダクション:マグノリア・マエ・フィルムズ、オフィス・シロウズ
製作総指揮:ガブリエル・タナ
プロデューサー:押田興将、キャロリン・マークス・ブラックウッド、エレーヌ・テオドリー
配給:ロングライド
2022年/イギリス・日本/日本語・英語/94分/2.39:1/カラー/原題:COTTONTAIL
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