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静かな迫力を醸し出す杉咲花の演技

©2023 映画市子製作委員会

 

幼い頃から、市子はどこか感情が欠落している。幼い子どもの感情の欠落は、大抵家族に問題があることが多い。市子もそのひとりだ。

市子の家族は、普通の一家と同様に幸せに暮らしていた。母親の彼氏である小泉雅雄(渡辺大知)との間には子どもがおり、市子には妹ができた。その存在が「月子」の正体にほかならない。

しかし月子は、筋肉が変形・壊死・再生を繰り返し、立つことはもちろん、自ら息をするのも困難になる遺伝性疾患「筋ジストロフィー」だと診断される。母親の川辺なつみ(中村ゆり)は家計や病気の子どものために毎日仕事に追われているため、市子は幼い妹を介護するヤングケアラーとして家族を助ける日々。

月子のベッドの天井には平和の象徴である「虹」の絵が描かれているが、動くことも話すこともでず、ひたすら天井だけしか見ることができない月子のことを考えると、さらに痛ましく感じる。

ある夏の暑い日、貧困と介護のストレスに押しつぶされ、市子は血の繋がる月子を手にかけてしまう。

母親が帰宅と同時に、自分の娘の死を知るが、「市子、ありがとう」と呟く。そして洗い物をしながら童謡「虹」を涙を流すことなく口ずさむ。市子が話しかけても、振り向かずに歌うのだ。しかし母親は、決して肩の荷が降りて嬉しいから歌っているわけではない。何も考えないよう、自分のために必死に歌っているのだ。今にも消えそうなその歌声から母親の感情が伝わってくる。

母親も苦しみながら生きており、いっぱいいっぱいだったのだろう。今「虹」を歌わないと自分が壊れてしまうことを知っているかのようだった。

しかし、母親は一番傷を負ったもう1人の娘である市子を気にかける必要があった。結果的に市子は、感情が欠落してしまい、何もかも生きることさえもどうでもいいと思うようになってしまった。

元々演技力に定評がある杉咲花が市子を演じたが、彼女の才能と努力には改めて脱帽させられる。市子は鬱々しい雰囲気の人物だが、彼女の迫力のある演技力と存在感に圧倒される。一見、市子は生きることを諦めているようだが、彼女の真夏の汗が滴る描写からは底知れぬ生命力を感じることができる。

感情をあまり表に出すことがない人物のため、表情や声色ひとつひとつが重要になってくるが、彼女は見事にこの難しい役柄を演じ切った。また、この役作りに対して戸田監督は、彼女を信頼して細かい指示を出すことはなかったと、映画チャンネル掲載のインタビューで語っている。

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