「証言」にスポットを当てたストーリーテリング〜脚本の魅力
痴漢事件には確たる証拠が存在しない。そのため、被疑者や被害者、目撃者の証言が手掛かりとなり、不確かで主観的な考えのみが飛び交うことで物語に複雑な面白さが生まれている。
本作の場合、中心にいるのは痴漢の罪を着せられた金子徹平だが、実際に罪の疑いを晴らすために動くのは彼の母親や友人、弁護士たちである。異なる立場と信念を持つ彼らが、時に議論を戦わせながらも金子を救うために一丸となるそのさまは見ていて胸が熱くなる。「相撲」や「ダンス」など、毎回一つのテーマのもと魅力的な人間模様を描いてきた周防。その手腕はシリアスに振り切った本作でも存分に発揮されている。
また、細やかなストーリーテリングにも配慮が行き届いている。例えば冒頭では、金子が痴漢として拘束される前に、あえて悪質な痴漢の判例が描写されている。金子と彼を対比させることで、観客を作品世界にすんなりと引き込むことに成功している。
さて、本作の脚本は、いわば無実の罪を着せられた男が集団で日本の法制度に立ち向かうという構図を取っている。ただ、金子が本当に「やってない」のかは最後まで分からないし、そもそも分かりようがない。実は金子は痴漢をしていて、証言も全てウソなのかもしれない…。観客にそんな疑念を抱かせる演出を一箇所でも盛り込めば、本作のテーマはより深まったかもしれない。