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孤独な少年を救う、傷だらけの主人公

©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
©202452ヘルツのクジラたち製作委員会

シーンは貴瑚が物流倉庫で働いていた頃の話に移る。職場での男性スタッフ同士のケンカに巻き込まれ、額を4針縫うケガをして入院した貴瑚を見舞った専務の新名主税(宮沢氷魚)から見初められ、交際が始まる。

それまで住んでいた安アパートから、眺望の良いタワマンでの同棲生活が始まり、“玉の輿婚”も視野に入ってくる貴瑚。しかし主税は新名家の跡取り息子。結婚相手は社長である父に決められてしまう。

それでも交際を続けようとした主税だったが、思わぬところから横ヤリが入る。主税に“愛人”がいることを、アンさんによって広く暴露されてしまったのだ。結果、結婚は破談となり、主税も専務の座から引きずり降ろされる。

アンさんは当初から、主税との交際に警鐘を鳴らし、「必ず不幸になる」と告げ、主税から反感を買っていた。その時、アンさんはその理由を明かさなかったが、“女の勘”が働いたと考えれば合点が行く。そして、結果としてアンさんが案じていた通りになってしまったのだ。

その後、主税はアンさんに復讐を目論む。アンさんの母・典子(余貴美子)をわざわざ故郷の長崎から呼び寄せ、男性として生き、変わり果てた息子の姿を目の当たりにさせたのだ。それだけでもショックを受けるアンさんだが、追い打ちをかけるかのように、トランスジェンダーを「障害」と断言する母に絶望する。

探偵まで使って仕掛けた復讐劇は、主税の狙い以上の効果をもたらすが、その後の悲劇を招くまでの想像力を、主税は持ち合わせていなかった。

汚い手を使って復讐を達成させたものの、大切な人を傷付けられた貴瑚は主税を責め、刃物を持ったままもみ合いのケンカになる。そして、さらなる悲劇が貴瑚を襲うのだった…。

再び、舞台は貴瑚の自宅に移る。周囲の支えもあり、少年は笑顔を見せるまでに成長していた。

海岸沿いを歩いていると、豪快に潮を噴くクジラを目撃する。現地に長く住み、真帆と貴瑚の祖母の友人だった村中サチエ(倍賞美津子)によると、それは伝説のクジラで、サチエでさえも一度しか見たことがないという。

それは、少年の問題が一段落するまでサポートを尽くした美晴が東京に戻る直前に起こった奇跡だった。

そのタイトルに沿うようかのに、声なき声をSOSとして出し続けながらも誰にも届かない孤独を、様々な問題とともに描き切ったストーリーと、決してハッピーエンドとは言い難いラストによって、鑑賞者に多くの示唆を与え、考えさせる一作だ。

主演の杉咲花は26歳の若さながら、『パーフェクトワールド 君といる奇跡』(2018年)、『青くて痛くて脆い』(2020年)といったラブストーリーから、『市子』(2023年)や本作では、不幸を身にまとった役柄まで自然に演じる幅の広さを披露している。

また、2018年のNHKドラマ『女子的生活』でもトランスジェンダーの役を演じた志尊淳も、存在感たっぷりの演技を見せている。

ストーリーも、本屋大賞を受賞しただけのことはあり、人間模様を丁寧に描き出し、社会に巣食う様々な問題を過不足なく盛り込んでいる。

社会に生きる上でぶつかる身近な問題を描き、同時に人間の美しさと醜さの両面を映し出している本作。重いテーマであることは確かだが、これから社会の厳しさや、人々の冷酷さに向き合うであろう若い世代にこそ見てもらいたい一作だ。

(文・寺島武志)

【作品概要】
監督:成島出
脚本:龍居由佳里
配給・製作幹事:ギャガ
原作:町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社)
出演:杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李、金子大地、西野七瀬、真飛聖、池谷のぶえ、余貴美子、倍賞美津子
©2024「52ヘルツのクジラたち」
2024/日本/カラー/135分/G
公式サイト

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