翔太のアルバイトとファーストシーンについて
―――翔太演じる奥平さんのお芝居にも目を惹かれました。翔太はうどん屋でバイトをしていますが、お客さんのオーダーに応えて、手際よく麺の湯切りをするアクションを丹念にお撮りになっています。こういう描写が丁寧に積み重ねられることで、作品が生活に根ざしていることがよく伝わります。うどん屋でバイトしていることを示すだけなら、もっと淡白な描写でもよかったと思うのですが、このシーンにはどのような意図を込められましたか?
「ありがたいご指摘です。好きなんですよ、ああいう一つの作業をじっくり撮るのが。楽しいじゃないですか。観ていて全然飽きないですよね。それが彼の生活だから。実は、翔太に関しては、もう1個アルバイトのシーンを撮っていて。
これはモデルの子がそうだったんですけど、翔太はホテルでもバイトしているんです。でもホテルはやることが少なくて。チェックインのカードを出して書かせる…飽きちゃいました。これ使わないなって」
―――翔太の家に冷蔵庫が運ばれてくるというエピソードをファーストシーンにしておられますが、これもちょっと意外な感じがしました。どのような狙いがありましたか?
「目を引く物体が家の中に入っていくところから映画を始めたいと思って。じゃあ冷蔵庫だなと。ご存知のとおり、冷蔵庫って重いんですよ、大変でした…。でも自分ではあまり上手くいってないと思っていて」
―――そんな! 翔太の家から物が無くなるという描写が後半にあるので、それとの対比になっているのかなと思って観ていました。
「あー、そっか。そうですね。それだったら、冷蔵庫を無くしちゃえば良かった(笑)。映画で物が無くなることを表現するのは意外と難しいんですよね。有るってことをその前に示しておかないと、無くなったことが分からない。だからセリフで『無いね』と言っているんですけど、決して上手くいっているわけじゃないです。例えば黒沢清監督なら絶対喋んない。『無い』とは言わないです。もっと無くすね。スパーンと」
―――廃墟みたいになって。
「そうそうそう(笑)」