声色のわずかな抑揚に宿る演技の説得力
さらに心を揺さぶられたのが駅のシーンだ。口数も表情の動きも少なく、場面が事細かく描かれていないにも関わらず、山添が駅に向かうまでの道すがらはどんな気持ちでいたのか。改札に入るときの緊張感。ホームに向かうにつれて心臓が飛び出そうなほどに鼓動が早くなっていったのではないか―経緯や心境を想像させるのだ。他人からは見ることも知ることのできない、頭や心の中での焦りや葛藤を感じて、鑑賞後にも余韻を残した。
役柄上、感情を大きく表現しないだけに声や言葉がカギを握る。冷たかったり曇っていたり、透明感を出したり。声色とわずかな抑揚がリアル。だからこそ山添が眉を動かすとこちらも自分のことのように心が動く。芝居も少しずつゆっくりと心の機微を表現する。それはまるで夜空を見上げ、目が慣れるにつれて小さな星を見つけるような、明るい希望の光というよりは、わずかな“兆し”のような芝居が散りばめられていた。
レンガ張りの高架下のシーンも印象的で、山添が背中を丸めるようにして一人で通過した時は暗闇に吸い込まれるように見えたが、別のシーンでは対照的に山添の心の動きが伝わってきた。俳優・松村北斗の代表作の一つとして、この先も長く愛されるのではないだろうか。