三宅唱監督の道標となった青山真治作品
三宅自身は、本作であらかじめ青山真治作品を意識したキャスティングを行ったわけではないことを強調している。しかし、二人の主人公が斉藤陽一郎の声が刻まれたテープを「道標」としてイベントへの準備を進める様は、同様に約三十年前に撮影され、本作同様にトンネルが印象的な形で現れる『Helpless』(1996)から『EUREKA』(2000)へ、ある種の苦境から夜明けへの流れとも捉えられるかもしれない青山の北九州サーガに継続して出演した、斎藤と光石研の存在を想起させずにはおかない。
青山がフィルムに定着させた過去の光が、三宅にとっての道標の一つとなったように、社長の弟にとってはアルファルドが放つ光が、そして藤沢さんと山添くんにとっては弟の声と手記が、一つの大きな指針となっただろう。強力な援軍を得た二人は、いよいよイベントを通じて「過去の光」を見つめる装置であるプラネタリウムの魅力を語ることとなる。
栗田科学の移動式プラネタリウムに集った面々は、みなそれぞれ隣り合って座っている。これまで会社のドキュメンタリーを撮影してきた中学生の男女コンビ、憲彦とその息子、そして山添くんの元同僚たち…。藤沢さんの隣には、彼女がヨガの帰りに怒りを爆発させてしまったことで、その後気まずくなってしまった友人の姿もある。彼ら彼女らは、藤沢さんの解説を聞きながら、横並びでプラネタリウムが投影する過去の光に目を凝らしている。
異なる時間と空間から放たれた複数の星の光は、観測者には、あたかもすぐ隣同士に同時に存在するかのように、美しい星座として見える。同様に、何度か反復して現れる夜の街を捉えた無人ショットにおける家々の光や、プラネタリウムに集った観覧客たち、そして栗田科学の社員たちもまた、映画を観るわれわれ観客の目には、それぞれにバラバラのまま、同時にあたかも星座のように隣り合う存在として映る。
イベントが終わると、プラネタリウムの外で藤沢さんの声だけを聴いていた山添くんは、外に出てきた彼女の横に立ち、最後にもう一度だけサイド・バイ・サイドの関係を形作る。並んで来場者に感謝の言葉を伝える二人の顔には、これまでにない充実感がにじむ。
たしかに、北極星がやがて道標としての役目を終えるように、二人が今後星座のように隣り合うことはもうないのかもしれない。しかし、映画館の暗闇に身を浸し、見知らぬ人々と隣りあって過去の光を見つめれば、私たちはいつでも、何度でも二人の誇らしげな姿を再び目にすることができる。『夜明けのすべて』には、わかりやすいハッピーエンドは用意されていない。それでもこの映画は間違いなく、三十年後にもどこかで誰かの苦しみに寄り添う道標となっているだろう。
(文・冨塚亮平)
【作品情報】
『夜明けのすべて』
監督:三宅唱
脚本:和田清人 三宅唱
出演:松村北斗 上白石萌音
渋川清彦 芋生悠 藤間爽子 久保田磨希 足立智充
りょう 光石研
原作:瀬尾まいこ『夜明けのすべて』(水鈴社/文春文庫 刊)
©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
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