ザ・マスター 音楽の魅力
音楽監督を務めるのは前作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』に続くコラボとなる、レディオヘッドのギタリスト・ジョニー・グリーンウッド。
1950年代に活動したアメリカにおける電子音楽の先駆者、オットー・ルーニングのスコアを参考にしたというサウンドトラックは、前作で披露したノイジーな不協和音を残しつつ、揺れ動く船と心の動きに寄り添うような耳触りの良さも感じさせる。
本作ではサウンドトラック以外にも、登場人物が口ずさむ歌が物語の奥行きを押し広げる役割を果たしている。フレディがドッドから初めて催眠療法を受けるシーンでは、かつての婚約者・ドリスの優しい歌声が回想シーンと現在のシーンを繋ぐ。回想シーンでドリスが歌い出すと場面は現在時制にもどり、彼女の歌を引き継ぐようにしてフレディがハミングをはじめ、程なくしてドッドも声を合わせる。両者はドリスの歌声を媒介にして、ありし日の思い出を共有し、交流を深めることになるのだ。
フレディとドッドの関係が終焉を迎えることで物語は幕を閉じるが、ラストシーンおいても歌が重要な働きをしている。ドッドは「次の人生で会う時、君は私の最大の敵だろう」と告げると、アメリカのポピュラーソング『On a Slow Boat to China(中国行きの遅いボート)』をしっとりと口ずさむ。
この曲の歌詞は、男が目当ての女性を口説き落とそうとする内容となっており、観客はフレディとの別れを惜しむドッドの気持ちを汲みとると同時に、彼がフレディに対して抱く屈折した感情に触れ、心を打たれることになるのだ。
《使用されている楽曲》
エラ・フィツジェラルド『Get Thee Behind Me Satan』
フレデリック・ショパン『別れの曲』