グロリア、妙齢のファムファタール〜演出の魅力
本作は、1980年公開のアメリカのアクション映画。監督は“インディペンデント映画の父”と呼ばれる名匠ジョン・カサヴェテスで、主演のグロリアをカサヴェテスの妻で女優のジーナ・ローランズが演じる。
ヴェネツィア国際映画祭では最高賞となる金獅子賞を受賞、アカデミー賞では主演女優賞にノミネートされるなど、大きな話題を呼んだ本作。その最大の注目ポイントは、なんといっても主人公のグロリアに尽きるだろう。
「ファム・ファタール」という言葉がある。日本語に直訳すると「運命の女」となるが、どちらかといえば「男を惑わせる魔性の女」や「悪女」を指すことが多く、映画や文学など様々な文化の題材となってきた。
本作の主人公グロリアも、かつてはマフィアの情婦であり、どちらかといえばこのファム・ファタールの系譜に属する。とはいえ、グロリア役のローランズはすでに当時50歳で、随分ととうが立っている。
そんな妙齢の彼女が、ヨレヨレのトレンチコートを羽織ってタバコをくゆらし、「息子」のために拳銃片手にマフィアと抗争する。その姿が息を呑むほど美しく、なんともカッコいいのだ。
“カサヴェテス作品のミューズ”として、『こわれゆく女』(1974年)や『オープニングナイト』(1977年)で鮮烈な演技を見せてきたジーナ・ローランズ。グロリアは、まさに彼女の役者人生の集大成ともいえる役だろう。
ジーナ・ローランズの魅力と切っても切れない関係にある映画『グロリア』だが、1998年にはシドニー・ルメット監督、シャロン・ストーンのコンビでリメイクされている。1998年版ではグロリアのキャラクター設計に変更が加えられている。
シャロン・ストーン演じるグロリアは、マフィアの幹部である恋人を庇って捕まり、刑期を終えて出所したばかり。彼女は見返りを求めるために恋人のいるマフィアの事務所に殴り込む。偶然そこに居合わせたのが少年・ニッキーである。彼女は少年を人質にして逃亡し、マフィアと駆け引きを繰り広げることになる。
オリジナルでは、グロリアが他者からの依頼によって少年を預からざるを得なくなるのに対し、リメイク版ではグロリア自身の意志で少年を人質にとる。この改変によって、オリジナル最大の謎である「なぜグロリアは自身の命を危険にさらしてまで少年を守るのか」という問いが解消される。
しかし、上記の謎は本作およびグロリアというキャラクターの魅力に直結している。リメイク版ではグロリアの行動理由がクリアになった分、ただの身勝手な女性にしか見えないという弊害を生んでいる。逆に、カサヴェテス×ローランズコンビによるオリジナル版では、グロリアの行動理由が曖昧であることによって、彼女の一挙手一投足に感情の揺らぎが宿り、映画の見え方を多様性に富んだものにしているのだ。