現実を予見する絶望的なラストシーン
終盤に描かれているのは、深まる民族間の衝突と差し迫ってくる戦争の緊迫感だ。後に現実となってしまうロシアのウクライナ侵攻を予見させる絶望的なラストシーンとなっている。
そんな悲惨な状態の中で、たった独りで子どもを産み落とすイルカ。彼女の壮絶なまでに痛ましい姿で、本作は締めくくられている。そのシーンはかろうじて、未来へのかすかな希望を持たせるものでもある。
本作が長編5作目となるウクライナ人女性監督マリナ・エル・ゴルバチ監督は、長回しや遠近法を数多く用い、ワンカットで美しい自然と悲惨な爆撃現場や死体を同時にカメラに収め、すぐそばに「死」が待ち受ける逃げ場のない閉塞感を醸し出している。
そして、ポスタービジュアルには「私はこの狂気の世界で生きていく」というコピーと共に、出産を控えるイルカの姿と、爆撃によって大きな穴が空いた家が写し出されている。つまり、イルカをはじめ、ドネツク州に住まうウクライナの人々は、この狂った世界を生き続け、2022年2月に始まったロシア軍の侵攻によって、またも人生を狂わされ続けているのだ。
ロシアのウクライナ侵攻は、終息する気配すら見えない。爆撃や民間人殺害のニュースが毎日のように伝えられるうちに、それが日常になってしまい、麻痺している自分に気付く。
おそらくは、戦闘の現場では、日本人には想像もできないような過酷な現実があるのだろう。そして、その前段階として、本作に描かれているような現実があったことを、我々は
知っておかなければならないのだ。
(文・寺島武志)
【作品情報】
『世界が引き裂かれる時』
監督・脚本:マリナ・エル・ゴルバチ
撮影:スヴャトスラフ・ブラコフスキー
音楽:ズヴィアド・ムゲブリー
出演:オクサナ・チャルカシナ、セルゲイ・シャドリン、オレグ・シチェルビナ
2022/ウクライナ・トルコ/原題:KLONDIKE/ウクライナ語・ロシア語・チェチェン語・オランダ語/100 分/カラー/DCP/ワイドスクリーン/5.1ch
配給:アンプラグド 後援:在日ウクライナ大使館
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