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レクターはクラリスの父親代わり…?~脚本の魅力~

原作者のトマス・ハリス
原作者のトマスハリスGetty Images

原作はトマス・ハリスが1988年に発表した同名小説。主人公は人並外れたIQを誇る精神科医であり、人肉食を好むサイコパスであるハンニバル・レクター。本作はレクターを主人公にしたシリーズの2作目であり、1作目『レッド・ドラゴン』、3作目『ハンニバル』、4作目『ハンニバル・ライジング』も、後に映画化されている。ちなみに、1988年公開の映画『刑事グラハム/凍りついた欲望』(監督はマイケル・マン)は、『レッド・ドラゴン』を原作としているが、レクター役はホプキンスではなく、ブライアン・コックスが演じている。

原作はクラリスの上司・クロフォード(スコット・グレン)の内面や私生活にフォーカスするなど、サブストーリーに厚みをもたせているが、映画版のシナリオは、クラリスとレクターの関係に焦点を絞ることで、目覚ましい効果を生み出している。

クラリスを目にかけるレクターは、彼女に恋愛感情を抱いているのか、親心を抱いているのかはっきりしない。一方、クラリスは10歳の頃に最愛の父親を亡くしたことがトラウマとなっており、レクターの指示によって事件解決に挑むという構図は、擬似的な親子関係を思わせるところがある。

もちろん、クラリスにとってレクターは猟奇殺人鬼以外の何者でもない。一面的に見ると、彼女は事件解決のためにレクターを“利用しているだけ”に過ぎないのだが、別の角度から見ると、レクターが課した試練を乗り越えることによって、たくましさを獲得し、一人前の刑事に“育ててもらった”という捉え方もできる。

映画『羊たちの沈黙』の1シーン。レクターとクラリスの関係は疑似的な親子関係を思わせる
映画羊たちの沈黙の1シーンレクターとクラリスの関係は疑似的な親子関係を思わせるGetty Images

FBI捜査官に昇進を果たしたクラリスは、クロフォードにお礼を告げ、固い握手を交わす。「亡き父上も喜ばれるだろう」というクロフォードのセリフはどこか皮肉を思わせる。観客は、クラリスの笑顔の裏に「本当にお礼を告げるべき相手はクロフォードではなく、レクターなのではないか」という葛藤を読み取り、言葉では表し難い、複雑な感情を抱くだろう。そうした内面の葛藤を証明するように、クロフォードと対話した直後、レクターから電話を受けたクラリスは、言葉を失い、彼の名前を連呼することしかできない。

サイコホラーとして第一級の完成度を誇り、人間描写にも長けた本作のシナリオを手がけたのは、1952年生まれの脚本家・テッド・タリー。本作で見事、アカデミー賞最優秀脚色賞を獲得した。ちなみに、タイトルの「羊たち」が指し示すのは、クラリスが幼少期に救えなかった子羊たちのこと。彼女がFBI捜査官となり上院議員の娘を救うことによって、トラウマを克服する(羊たちの悲鳴が止む)という意味が込められている。

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