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ハードエイト 演出の寸評

ポール・トーマス・アンダーソン
ポールトーマスアンダーソンGetty Images

現代を代表する巨匠・ポール・トーマス・アンダーソン(以下、PTA)の記念すべき長編デビュー作は、欲望うずまくラスベガスを舞台に、すねに傷を持つ登場人物たちの運命が濃密に交わるノワール調のサスペンスである。

上映時間は101分。2時間を超える大作がズラリと並ぶフィルモグラフィーの中では小品と言ってもいいだろう。

血の絆を超えた男同士の関係、ステディカムカメラを活用した流麗なカメラワーク、善悪の境界があやふやな世界観など、PTAならではの主題や演出スタイルが純粋な形であらわれており、同監督の入門編として最適な作品である。

上映時間が短い分、無駄なカットはほとんどなく、簡潔で切れ味の鋭い演出が際立つ。ダイナーの裏口でうずくまるジョン(ジョン・C・ライリー)を映した冒頭のロングショットは、彼が抱えている絶望を的確に描写し、シドニーの歩みに合わせて接近するカメラの動きは、のちに両者が織りなす関係性をそこはかとなく暗示している。 シドニーにはかつてジョンの父を殺害した過去があり、罪悪感に駆られ、事あるごとに彼に救いの手を差し伸べるのだ。

ジョンがシドニーから手ほどきを受け、ギャンブルの腕を上げていく過程は省略の効いた編集によって示され、小気味のいいカットのリズムがなんとも魅力的である。

中盤以降、シドニーとジョンの擬似父子関係に、ジョンの恋人となる娼婦のクレメンタイン(グウィネス・パルトロー)が絡むと、画面は徐々に緊迫感を増していく。彼女の軽率な行動をきっかけに、血なまぐさい監禁事件が勃発するのだ。

とはいえ、決して目を引く暴力シーンがあるわけではない。ジョンからSOSを受けたシドニーが部屋に到着すると、すでに頭から血を流した男がベッドに横たわっている。PTAは暴力が生じる瞬間ではなく、暴力が生じた“あと”の振る舞いを入念に描写するのだ。

この趣向は、かつて殺人に手を染めたシドニーが、罪を贖うために被害者の息子に目をかけるという作品全体の構造にも見出せるだろう。

本作を単なるアクション映画ではなく、罪と倫理をめぐる奥深い人間ドラマに仕立て上げたPTAの演出は、処女作にして堂々たる完成度を示している。

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