ハードエイト 脚本の寸評
PTAは本作を完成させる前に、『シガレッツ&コーヒー』(1993)というショートフィルムを制作している。初老の男と若い友人の会話劇であり、「ギャンブル」と「裏切り」をテーマにしたこの短編は、本作のプロトタイプとなっている。
当初は「シドニー」というタイトルが付けられ、PTAは同タイトルで公開を希望したものの、製作スタジオと折り合いがつかず、現在のタイトルに改名されたという。「シドニー」とは、フィリップ・ベーカー・ホールが演じた主人公の名前であり、ホールが『ミッドナイトラン』(1988)で演じた役名がそのまま使われている。
また、最終的にタイトルとなった「ハードエイト」とは、カジノゲーム「クラップス」における「サイコロの4のゾロ目」を意味するカジノ用語である。
盛りを過ぎた賭博師が、野放図な青年を一人前の男に育て上げていく。親子のような師弟関係が織りなすドラマには先の読めないスリルがある。
スリルを形成するのは、未成熟な青年・ジョンとその恋人であるクレメンタインによる突発的で愚かな行動である。2人の行き当たりばったりな行動は観る者をハラハラさせると同時に若干のフラストレーションも与えるが、威厳に満ちた振る舞いで若者2人をピシャリと諌めるシドニーの視点で進行するため、物語は決してチープにならず、引き締まった緊張感をキープする。
終盤に至り、シドニーがジョンに世話を焼く理由が明らかになると、両者はただの師弟関係ではなく、暴力と罪に繋がれた間柄であることが露呈する。それによって、シドニーというキャラクターの見え方に変化が生じ、任侠映画さながらのハードボイルドなムードがグッと引き立つことになる。
一方、全編を通じてジョンはシドニーが父殺しの犯人であることを知らないままであり、両者が本質的に対立する瞬間は訪れないため、盛り上がりに欠ける側面は否めない。
とはいえ、次作以降で爆発的な冴えをみせるストーリーテリングの才能は、本作において控え目な形ではあるが、遺憾なく発揮されていると言えるだろう。