従来のミュージカル映画への挑戦状~演出の魅力
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は、ラース・フォン・トリアー監督によるミュージカル映画。主演をアイスランドの世界的歌姫・ビョークが務め、大きな話題を集めた。
あまりに救いのない展開から、「トラウマ映画」といえば必ず話題に上がる本作。とりわけ、本作がカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞したこともあり、その犠牲者(?)は全世界でかなりの数に上っていることが予想される。
そんな本作が、緻密な計算のもとで作られた「ミュージカル批判」のミュージカル映画だといえば、驚かれるかもしれない。本作の制作から遡ること5年前。監督のトリアーは、4人の監督と「ドグマ95」という「純潔の誓い」を立てている。内容は次の通り。
1.映像はすべてロケ撮影で、スタジオ撮影を禁じる。
2.音は自然音のみで、音楽の使用も禁じる。
3.撮影は手持ちカメラで行う。
4.映画はカラーで、照明効果は使わない。
5.特殊効果やフィルターの使用を禁じる。
6.殺人など、うわべだけのアクションを禁じる。
7.時間的・空間的な乖離を禁じる。
8.商業的なジャンル映画を禁じる。
9.最終的なフィルムは35mmサイズのみ。
10.監督の名前のクレジットを禁じる。
この誓いから垣間見えるのは、「ドグマ95」のメンバーが、映画のイリュージョンを排除し、あくまで現実に立脚した映画づくりを志向していたということである。
ならば、なぜ彼らはわざわざミュージカル映画を撮ったのか?それは、ミュージカル映画が「究極のイリュージョン映画」であり、「究極のジャンル映画」だからに他ならない。
自らの理念とは全く異なるミュージカル映画を制作することで、自らの映像哲学を際立たせる。本作は、トリアーが映画史に叩きつけた挑戦状なのである。