ホーム » 投稿 » 海外映画 » レビュー » これぞ究極の戦争映画…何がスゴイのか? 映画『ダンケルク』徹底考察&評価。クリストファー・ノーランの演出術を深掘り解説 » Page 4

3者の視点と時間が生み出す戦争スリラーー脚本の魅力

ケネス・ブラナー
ケネスブラナー演じるボルトン海軍大佐は唯一全体を俯瞰する立場にいるGetty Images

「虫の目、鳥の目、魚の目」という言葉がある。物事を見据える時に重要視される3つの視点を指すビジネス用語だ。本作に登場する3者の視線は、見事にこの3つの目線に合致している。

まずは「虫の目」。これは、物事を細部まで見据える「ミクロな視点」を指す。これに該当するのは、ダンケルク港で救援を待つトミー二等兵らイギリス陸軍兵士の目線だろう。彼らは、唐突に襲い来るドイツ軍兵士に対して何ら対策を持たない。数秒後の自分の生死もわからぬまま、ただ目の前の出来事に対処するしかないのだ。

続いて「鳥の目」。広い視野から全体を俯瞰する「マクロな視点」のことを指すが、これは文字通りコリンズたち空軍兵士の目線に該当する。彼らは、襲いくるドイツ軍の兵士がどこにいるかも把握できるし、戦況もある程度俯瞰できる立場にいる。

最後に「魚の目」。これは、「流れ」から未来を予測する視点であり、ドーソンら救助にやってきた民間船の船長に該当する。彼らは、戦況から沈没船の原油の流出などを巧みに読み取り、最終的には「虫」と「鳥」を救出することになる。

一般的な戦争ドラマは、主に兵士たちの人間ドラマにクローズアップした「虫の目」から描かれることが多いが、それでは出来事の全容を描くことは難しい。一方、本作では、これら3者の行動と視点がお互いに補完し、協働することで、出来事をより立体的に描出できるのだ。

また、各視点の時間の交錯も本作の脚本の重要なポイントだ。

作中の3つの視点は、陸の1週間、海の1日、鳥の1時間と、全く異なるタイムスケールで描かれている。しかし、これらの視点は、ノーランの手で絶妙に繋ぎ合わされ、やがてクライマックスに向けて合流していく。いわば、作中では、時計の長針、分針、秒針が刻む3つの時間が1つの時間へと収斂していくのだ。

しかも、本作の場合は、それぞれの時間にタイムリミットが設けられている。トミー二等兵やドーソン船長らにとっては、ドイツ軍兵士が襲来するまでがタイムリミットだ。より具体的なのはコリンズら空軍兵士だろう。彼らは、スピットファイアの燃料が切れる前にドイツの戦闘機を撃墜しなければならない。

作中では、こういった大枠のタイムリミットに、戦闘機や船の沈没といった細かなリミットが設けられている。本作が「戦争スリラー」と呼ばれる所以は、こういった脚本上の妙にあるといえるだろう。

1 2 3 4 5 6 7
error: Content is protected !!