香港ノワールとヤクザ映画へのオマージュ—脚本の魅力
タランティーノ作品は、しばしば過去の映画からの引用やオマージュから成り立っている。これは本作も例外ではない。
例えば、登場人物同士が色で呼び合うアイデアは、地下鉄ハイジャックを描いた『サブウェイ・パニック』(1974)の設定から拝借したもの。また、本作の設定や登場人物が銃を向け合うシーンは、リンゴ・ラムの香港ノワール『友は風の彼方に』(1987)が元ネタになっている。
また、本作のコアには、日本の任侠映画に通底する「仁義」の精神が流れている。例えば本作のラストでは、死に瀕したミスター・オレンジが自分に目をかけてくれたミスター・ホワイトに自身が刑事であると告げて詫びる。この言葉を聞いたミスター・ホワイトは、苦しみの表情を浮かべながらミスター・オレンジの顔に銃を当て、引き金を引く。
ここでミスター・オレンジが自身の素性を明らかにしなかったならば、ミスター・オレンジは死なずに済んだのかもしれない。それでも彼が自身の素性を明かしたのは、自分の命を守ろうとした者へのせめてもの償いであり、ミスター・ホワイトとの善悪の対立を超えた絆によるものなのだ。
なお、こういった過去の映画に対する批評精神は、「おとり捜査」という本作の設定にも垣間見える。ロス市警の潜入捜査官であるミスター・オレンジは、作中、強盗になり切るため、「役者」として麻薬取引の笑い話を丸暗記する。この展開は、本作が「映画についての映画(メタ映画)」であることを端的に示している。