メタ映画としての『エブエブ』―映像の魅力
本作には、映画ファンの心をくすぐるオマージュがふんだんに盛り込まれている。
分かりやすいのは、『2001年宇宙の旅』(1968)のオープニングのオマージュだろう。人類の宇宙が指になった宇宙の説明で登場するこのオマージュシーンでは、指がソーセージの類人猿が、普通の指の人類の祖先をソーセージ指でめった打ちにしている。また、エヴリンが映画スターとなった宇宙で、エヴリンとウェイモンドが会話するシーンは、ウォン・カーウァイ監督の名作『花様年華』(2000)のオマージュだろう。
また、料理上手のアライグマが見習いシェフに料理を教える宇宙は、ブラッド・バード監督のアニメ『レミーのおいしいレストラン』(2007)からの引用だろう。ちなみにオリジナルではねずみが手ほどきをすることになっているが、本作ではアライグマに変わっている。
こういったオマージュは、単純なパロディとして笑えるものである一方、メタ映画としての特質を持っている。
監督のダニエルズは、制作にあたって参考にした作品として、今敏監督の『千年女優』(2001)と『パプリカ』(2006)を挙げている。前者は、芸能界を引退した大物女優のドキュメンタリーを撮影するという設定のもと、女優の人生と知られざる恋愛を紐解く作品で、後者は、夢を共有する装置で他人の夢に介入する夢のテロリストと夢探偵パプリカの戦いを描いた作品だ。
この二つの作品に共通する要素は、どちらも映画がカギになっている点だろう。前者では、1人の女優の人生が、彼女がかつて出演した映画作品と彼女の人生をめくるめくように往還する形で描かれる。また、後者の登場人物は、サスペンス映画や冒険映画の主人公になりきりながら、他者の夢を往還する。つまり、両作品は、ともに映画についての映画、つまり「メタ映画」になっているのだ。
さて、あらためて『エブエブ』に戻ってみたい。本作では、第1章でアルファ次元のウェイモンドが死んだ後にいきなりエンドロールが流れ、「『エブエブ』を映画館で鑑賞していた映画スターのエヴリン」が登場し、ここから第2章に突入する。これは、エヴリンというよりも、映画界のレジェンドであるミシェル・ヨーそのものだといえるだろう。
つまり、本作に登場するマルチバースは、登場人物の人生であり映画史的な記憶なのだ。もしかするとミシェルの人生は、作中のエヴリンのマルチバースなのかもしれない。