昭和を代表する名女優の素晴らしい芝居に注目~配役の魅力~
端役に至るまでオールスターキャストで固められている。老夫婦が東京を訪れる間、尾道で留守を預かる末っ子に扮するのは数多の巨匠から愛された名女優・香川京子。母・とめの葬儀後に遺品の取り合いをはじめる節操のない兄姉たちを、ピュアな眼差しで咎める芝居は白眉である。出番は少ないものの、原節子演じる紀子とともに、世知辛い物語に光を照らす役割を見事に果たしている。
もちろんメインキャストも素晴らしい。周吉扮する笠智衆は撮影当時49歳。まだ壮年とも言える年齢であるにもかかわらず、メイク技術の助けを借りて、盛りを過ぎた老人像を鮮やかに体現している。コメディリリーフとして抜群の存在感を見せるのは、勘定高くて抜け目のない長女・志のを演じる杉村春子だ。父母の世話に手を焼いた末に厄介払いしようとするなど、ともすると悪役になりかねない役どころを、天性の愛嬌と機転の良さを発揮して、憎めないキャラクターに昇華している。
充実したメインキャストの中でもとりわけ重要な存在は、小津映画のミューズ・原節子だろう。紀子の凛とした佇まいの裏には、底知れぬ悲しみが横たわっている。紀子にとっての義母・とみの葬儀後、義父の周吉と膝を突き合わせて対話をするシーンでは、抑えていた感情を、ほんの少しだけ爆発させる。
周吉から「あんたみたいなええ人はいない言うて、お母さんもほめとったよ」と告げられた彼女は、「いいえ、わたくし、おっしゃるほどのいい人間じゃありません」と強い口調で否定し、「わたくしずるいんです。お父さまやお母さまが思ってらっしゃるほど、そういつもいつも昌二さんのことばかり考えてるわけじゃありません」と言う。このシーンにおける「わたくしずるいんです」という言葉は、日本映画史上最も有名なセリフの一つだ。
上京した老人2人に唯一優しく接する紀子は、2人にとっても観客にとっても良心のような存在である。しかし、このシーンにおいて、彼女は自身が”聖人”として見られることを断固とした口調で拒否する。本作は未亡人として生きる彼女の負の側面を映し出すことはしないが、このシーンを配することによって、彼女の弾けるような笑顔の裏に計り知れない苦悩があることを観客に想像させ、映画の見え方を多様なものにしているのだ。