役所広司が体現する”植物的な生き方”とは…? 映画『PERFECT DAYS』徹底考察&評価。小津安二郎の影響も解説
ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダース。彼が日本で撮った映画『パーフェクトデイズ』が公開中だ。主演の役所広司が第76回カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞したことでも注目を集めた本作は、面白い?つまらない? 忖度なしでレビューする。(文・司馬宙)<あらすじ キャスト 考察 解説 評価 レビュー>
日常のささやかな幸せを描出した
ヴェンダース流の人生賛歌
トイレの清掃作業員。このありふれたモチーフから、これほどの傑作ができると一体誰が想像しただろうか。ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースの最新作『PERFECT DAYS』のことだ。とはいえ本作には手に汗握るアクションシーンも、抱腹絶倒のコメディシーンも登場しない。代わりに描かれるのは、中年のトイレ清掃作業員の平山の淡々とした日常だ。
スカイツリーのふもとの古いアパートで1人暮らす平山は、毎日近所の人が掃く箒の音で目を覚まし、車で公共トイレを巡回する。その生活は一見判で押したもののように思えるが、決して退屈ではない。仕事終わりにガード下の店で一杯飲んだり、休日に古本屋で100円の小説を買ったりと、ささやかな幸せを見つけて楽しんでいる。また、木漏れ日や空の色、新たな人々との出会いなど、移ろいゆく世界の表情も、彼の生活にささやかな彩りを添えている。
そんな平山の生活だが、物語が進むうちに、実は辛い過去を経た果てに自ら選び取った生活であることが明らかになっていく。きっかけは、家出してきた姪ニコ(中野有紗)と疎遠だった妹(麻生祐未)の登場だ。平山とは対照的に運転手付きの高級車でやってきた妹は、ニコを迎えに来たついでに父親の話をする。ここから平山が父親との確執で家を飛び出したことが分かる。
こういった平山の過去は、平山のパーソナリティにも垣間見える。彼は寡黙で、姪のニコ(中野有紗)や思いを寄せる女将(石川さゆり)と会う時以外ほとんど口を利かない。この設定は、彼が過去に負ったであろう傷やトラウマを暗に示唆している。
そして、この平山の役に重みを与えているのが役所広司の演技だ。セリフでの感情表現が抑制されているため平山の役は演技がかなり難しいことが予想されるが、役所は沈黙の中に見事に人生の悲哀を滲ませる。カンヌ国際映画祭の主演男優賞にふさわしい見事な演技だ。