40年目の『東京画』
ヴェンダースが見つけた「小津的なもの=日本的なもの」
監督のヴェンダースは、名匠、小津安二郎に私淑した監督としても知られており、本作にも彼への敬愛が随所に盛り込まれている。
例えば平山の出勤シーンでは、起床した平山が歯を磨き、観葉植物に水をやり、服を着替えて出勤するといった「モーニングルーティン」が構図を変えて何度も繰り返される。これは日常の反復の中に差異を紛れ込ませる小津の演出を連想させるものだ。
セリフもそうだ。本作の登場人物のセリフは、ほとんどが複数回繰り返される。とりわけ印象的なシーンは、平山と家出したニコが自転車に乗って「こんどはこんど、いまはいま」と繰り返し言いながら蛇行運転する場面だろう。こういったセリフのオウム返しも、小津安二郎に頻出する演出だ。
極めつけは主人公の平山だろう。小津の代表作である『東京物語』(1953)に登場する平山周吉から名前を拝借したこのキャラクターは、毎日規則正しくルーティンを守り、職人らしく粛々と仕事を行う。その姿はヴェンダースが考える「小津的なもの=日本的なもの」そのものだ。
ヴェンダース、実は1985年に『東京画』という小津をテーマとしたドキュメンタリーを撮っている。この作品では、小津映画の常連である笠智衆や小津組のカメラマンである厚田雄春らの貴重なインタビューに交じって、小津の時代とはすっかり様変わりした1983年の日本の情景が収められている。
そんな中、ヴェンダースが執拗に撮影を続けたのが、食品サンプルの工房だった。蝋を食品の形に成形する職人、色を塗る職人と、それぞれの職人たちが自身の仕事に粛々と従事する姿は、『PERFECT DAYS』の主人公、平山にも重なるところがある。つまり本作は、ヴェンダースが40年の歳月を経て”セルフリメイク”した『東京画』だといえるかもしれない。