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「タナケン」のモデル、笠置シヅ子が慕った喜劇王「エノケン」

趣里生瀬勝久連続テレビ小説ブギウギ©NHK

さて、1月のもう一人のキーマンと言えば、生瀬勝久演じる喜劇王・タナケンこと棚橋健二先生である。

タナケンが舞台の共演女優を探していて、歌って踊れるスズ子に白羽の矢が立ったのだが、スズ子に対してアドバイスをまったくしない。放つ言葉は「どうだろうね」「言うことは特にない」。いわゆる放置プレーである。

思い返してみれば、スズ子は「ラッパの娘」の稽古でも、羽鳥先生にひたすら「違うな~」を連発され、具体的には何も言ってもらえず苦戦していた。気の毒すぎる。彼女はまともな稽古をつけてもらえない運命の星の下にあるようだ。結局、自分らしく関西弁を使うことで、タナケンに認められるのだが、才能ある男たちのドS心をくすぐるのだろう。

タナケンのモデルは昭和の喜劇王・エノケンこと榎本健一である。エノケンは1943年にエノケン一座を設立。一躍、人気喜劇俳優の道を進んだ。エノケンと笠置シヅ子の初共演は、1946年 2月、有楽座三月公演「舞台は廻る」(菊池一夫作・演出)だ。ここでエノケンは笠置シヅ子に、芝居のテンポがズレていると指摘し、

「しかしそれがまた面白い効果を出しているので、諦める必要はない。僕はどんなにツボを外しても、どこからでも受けてやるから、どこからでもはずしたまま突っ込んで来い」(1970年 榎本健一を偲ぶ会発光『喜劇王エノケンを偲ぶ』より)

と言ったのだそうだ。まさにドラマ通りの漢っぷり! キャー、エノケン、カッコいい!

笠置シヅ子も、この言葉を一生忘れずエノケンを師匠と仰ぎ続けた。エノケン・シヅ子はその後も名コンビとして多くの舞台や映画で共演するに至るのである。

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