宮崎駿の童話〜演出の魅力
本作は2008年公開の宮崎駿の10作目の監督作品。前作『ハウルの動く城』以来4年ぶりの新作となる。
公開当時はヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品されたほか、全米公開の際には『千と千尋の神隠し」の興行収入1000万ドルを大きく超える1500万ドルを記録し、日本のアニメ映画では第5位を記録した。
ハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話『人魚姫』をモチーフにしたとされる本作は、宮崎自身が述べる通り、子供向けの作品だ。そのため、深遠なメッセージ性にあふれたそれまでの宮崎作品とは異なり、素朴な味わいの童話的作品に仕上がっている。
こういった傾向が顕著に見られるのはエンドクレジットだろう。大橋のぞみが歌う主題歌とともに、スタッフ・キャストの人名だけが50音順に羅列されるという極めてシンプルなもので、子供たちが最後まで映画に集中できるようにという宮崎の配慮が感じられる。
とはいえ、本作を明るく牧歌的な作品と決めつけるのは早計だ。津波や落ちてくる月、老人ホーム、そして薄暗いトンネルなど、陰鬱なモチーフが全体に散りばめられている。しかも本作では、物語上、登場人物の死が明示されることはなく、終始不気味で不可解な雰囲気をたたえている。
“死”にまつわる都市伝説にこと欠かないのも本作の特徴だろう。中でも、「ストーリーの中盤にポニョが引き起こした津波によって登場人物のほぼ全員が死亡している」という説に加え、「物語の後半で描かれる水中世界は死後の世界」であり、「ポニョは死神である」という考察は、ネット上で広く見られる。
しかし、先に見たとおり、宮崎駿が本作で目指したのは子供たちが楽しめる「童話」である。アンデルセン童話やグリム童話にリアリズムを求めても仕方ないのと同じく、本作に現実の法則を当てはめても無益だろう。注目すべきは、宮崎が本作に込めた寓意であり、それは次のページでみる「究極の愛」というテーマと深く関わっている。
大人も子供も楽しめるエンターテイメントと、宮崎映画ならではの深遠な哲学的テーマ。一見相反するこの2つのテーマが結実したのが、この『崖の上のポニョ』なのだ。