“人間関係の再構築”というテーマを映画的に表現~演出の魅力~
日本映画としては初めてアカデミー賞作品賞にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞。メガホンをとった濱口竜介は、5時間超えの大長編にして、群像劇の傑作『ハッピーアワー』(2015)、カンヌ国際映画祭でコンペティション部門に選出された珠玉の恋愛映画『寝ても覚めても』(2018)で国際的な評価を確立し、本作の成功によって日本を代表する映画作家としての地位を不動のものにした。
舞台演出家であり、俳優の家福(西島秀俊)を主人公に据え、妻の音(霧島れいか)、若手俳優の高槻(岡田将生)、専用ドライバーのみさき(三浦透子)をはじめとした、性別、年齢、境遇を異にする複数のキャラクターの人生が複雑に交差していく。
家福は妻の浮気を知りながら本人に問いただすことができず、疑念を抱いたまま、彼女の死に直面。虚無感に苛まれながら、広島の演劇祭に演出家として招かれる。
複雑な人間関係の中心に位置するのは、家福が演出を務める舞台劇『ワーニャ伯父さん』(ロシアの劇作家・アントン・チェーホフ作)である。演者に対し、「感情を入れずに戯曲のテクストを淡々と読み上げる」ことを要求する家福の演出は、監督の濱口竜介が『ハッピーアワー』以降の自作で実践している手法として知られる。
家福は作り手である濱口の分身と見なすこともできるが、重要な点は、実際に演劇作品が制作されるプロセスをリアルに見せることで、“人間関係の再構築”というテーマが、セリフやメタファーに頼らず、ダイレクトに表現されていることだ。
舞台『ワーニャおじさん』には、日本人である高槻に加え、韓国、台湾、フィリピンなどアジア各国から国際色豊かなキャストが集結。聴覚障害を持つユナ(パク・ユリム)は、手話を駆使して重要な役柄を熱演する。さらに、演劇の出演者以外にも、通訳の韓国人男性コン(ジン・デヨン)や、安部聡子演じる演劇祭のプログラマーとの交流も繊細に描かれ、演劇とその制作プロセスが、他者を理解し、思いを伝える、“コミュニケーションの織物”として無類の輝きを放ちはじめるのだ。
手話を含めた多様な言語を通じて人間関係を構築していく「演劇パート」に対し、真っ赤なボディが印象的な「サーブ900ターボ」を舞台にした、家福とみさきによる「ドライブパート」は、無言の時間が心地良い。みさきのスムーズな運転に身をまかせ、サンルーフを開けてともにタバコを吸う家福は、無言のコミュニケーションを通して、徐々に喪失感から回復していく。
東京芸術大学大学院映像研究科の卒業制作として作られた初期の代表作『PASSION』(2008)以来、コミュニケーションをテーマにした作品を作り続けてきた濱口竜介は、村上春樹による原作のエッセンスを損なうことなく表現しながらも、自身の主題をもより深く掘り下げることに成功。商業性と作家性を高い次元で兼ね備え、国内のみならず世界中で愛される名作をものにした。