影を活かしたライティングがミステリーを作り出す~映像の魅力~
妻の浮気と死をめぐる優れたミステリーであり、第一級のバックステージものであり、演劇の制作過程を記録したドキュメンタリーとしての側面を持つ本作の映像は、シーンによって画調が異なり、多面的な物語を説得力豊かに表現している。
ベッドから身を起こした音が、何者かにとり憑かれたように物語を語りはじめるファーストシーンは、逆光を活かしたライティングがほどこされている。表情は影になってよく見えず、シルエットのみが示されることによって、彼女の怪物性がさりげなく強調される。のちに謎を残したまま死を遂げる音は、主人公・家福が言うように、「どす黒い渦のような面を持つ」、謎めいた存在だ。ベールがかかったような冒頭のカットは、そんな彼女の有り様を見事に伝えている。
登場人物の顔にかかる影の描写は、みさきが運転する車内における、家福と高槻の対話シーンでも抜群の効果を発揮している。このシーンでは、家福と高槻の顔が端正なカットバック(2つの映像を交互に示す編集技術)によって示される。影によって両者の表情がクリアに見えないことによって、本音と建前、嘘と真実が見定めがたく、亡くなった音をめぐる対話がスリリングな様相を呈するのだ。
一方、リハーサル室や木漏れ日が美しい公園でのレッスンシーンでは、凝った照明表現は鳴りをひそめ、自然光を活かした素朴な映像表現が際立つ。これらのシーンでは、比較的息の短いカットが矢継ぎ早に示され、本番に向けて、芝居が活気づいていく過程が躍動的に描写されている。
家福の愛車であり、中盤以降はみさきがハンドルを握る「サーブ900ターボ」の走行は、ロングショットとパン(水平方向への移動撮影)を駆使した撮影によって、滑らかに描写される。
一台のセダン車を卓越したカメラワークとライティングによって表情豊かに活写したのは、1978年生まれの撮影監督・四宮秀俊。映像の美しさに定評のある三宅唱監督作品、役者を輝かせることにおいては右に出る者のいない塩田明彦監督作品で撮影を担当した経験を活かし、シーンに合わせた多彩な映像表現で本作の国際的な成功に寄与した。