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パンチドランク・ラブ 演出の魅力

映画『パンチドランク・ラブ』の1シーン。青と赤を基調とした、ユニークな色彩演出にも注目
映画パンチドランクラブの1シーン青と赤を基調としたユニークな色彩演出にも注目Getty Images

ポール・トーマス・アンダーソン(以下、PTA)が手がけた4作目の長編作品は、内気で秘密主義の男が運命的な恋に落ちる、一風変わったラブコメディ。2時間を超える重厚な作品が揃うフィルモグラフィの中でも、本作の上映時間95分は最短。小品ながらも、思いがけないハプニングを大胆に取り入れた演出には瞠目すべきポイントが多々あり、観る者を困惑させると同時に深く魅了する。

主人公のバリー(アダム・サンドラー)が路上でオルガンを拾う場面では、走行中の車が突然派手に横転。オルガンの登場と横転事故の間に因果的なつながりは一切なく、どちらも本筋に絡まない偶然の出来事である。一方、それらは一度観たら二度と忘れられない鮮烈なイメージであり、物語の上では取るに足りないが、視覚的なインパクトにあふれた“過剰な細部”である。

他にも、キレやすい性格の持ち主であるバリーが家のガラスや飲食店のトイレを破壊し、会社の壁を殴りつけるシーンなど、至るところで過剰な演出が施され、思わず呆気にとられる。後者のシーンでは、拳の傷跡が“LOVE”の文字を形づくり、バリーの暴走を唖然と見つめていた観客の顔に微笑みをもたらすだろう。見始めた当初は演出過剰に感じられた部分も、物語が進展するにつれて、主人公と彼を取り巻く世界の可笑しみを表現する、“愛おしい細部”に様変わりするから不思議だ。

色彩を使った演出もユニークかつ刺激的である。夭折したアーティスト・ジェレミー・ブレイクによる滲んだ虹を思わせるデジタル・ペインティングは、恋愛がもたらす目がくらむような陶酔感を見事に表現。色彩の演出は衣装にも及んでいる。主人公とヒロインが初めて出会うシーンでは、ブルースーツをトレードマークとするバリーに対し、リナ(エミリー・ワトソン)はレッドカラーの衣服を身にまとっている。

その後、姉の紹介で両者が再び出会うシーンになると、リナは青と赤を混ぜ合わせた紫色の服を着ており、彼女の心がバリーに染まりつつあることを雄弁に示している。その後も、リナの衣装はダイナミックに移り変わり、観る者の目を楽しませると同時に繊細な心の内を巧みに表現する。

一見しただけでは意味がはっきりとしない“過剰な細部”にあふれた本作は、通常のラブコメ映画の枠組みからはみ出した実験作であり、観る人によっては戸惑いを禁じ得ないだろう。しかし、取るに足りない細部に愛のある視線を注ぐことで、唯一無二の映画体験をもたらしてくれるのだ。

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