ホーム » 投稿 » 海外映画 » レビュー » 映画「インヒアレント・ヴァイス」”ヒッピー探偵”が迫る巨大な陰謀とは…<あらすじ 考察 解説 評価 レビュー> » Page 6

インヒアレント・ヴァイス 映像の魅力

撮影監督を務めたロバート・エルスウィットは、長編デビュー作『ハードエイト』(1996)以来、PTA作品のルックを担ってきた存在であり、本作で6度目のコラボレーションとなる。

ロバート・エルスウィット
ロバートエルスウィットGetty Images

PTAはクエンティン・タランティーノやクリストファー・ノーランと並び、デジタル全盛の時代において、フィルム撮影にこだわる映画作家の代表格。本作でも35ミリフィルムを使用し、色あせた年代物のポストカードを想起させるノスタルジックな質感を見事に再現している。また、他のPTA作品に比べると手持ちカメラを用いたカットが多く、不安定に揺れるカメラワークは、ジャンキーの千鳥足を再現しているようだ。

伝統的な「フィルム・ノワール」は夜のシーンが多く、重要な出来事は闇に包まれた空間で生じるのが慣例である。一方、フィルム・ノワールの破天荒なパロディである本作では、ドックが死体と並んで白昼の荒野に横たわる場面をはじめ、重要な出来事は明るい日差しのもとで生じ、シリアスなトーンを帯びる瞬間はほとんどない。

ドックが謎の組織「黄金の牙」からコーイを奪還するシーンもまた、白昼のだだっ広い駐車場が舞台となっている。交渉相手が全身黒づくめの男などではなく、ミニスカートのギャルと垢抜けない少年であるのも捻りが効いている。夜を舞台にすれば緊迫感が生じたであろう人質返還シーンを、昼間のまばゆい光のもとで描くことによって強調されるのは、脱力感のあるユーモアと突拍子もないリアリティでである。

組織から解放されたコーイがドックの車に乗り込むカットでは、夕暮れの美しい光がスクリーンを満たす。ロバート・エルスウィットのカメラは、人工的なライティングでドラマをテクニカルに盛り上げるのではなく、自然の光をたっぷり取り込むことによって、個々のシーンに活き活きとした表情を与えることに成功している。

1 2 3 4 5 6 7 8
error: Content is protected !!