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ファントム・スレッド 演出の魅力

20代でデビューを果たし、センセーショナルな作品を作り続けてきたポール・トーマス・アンダーソン(以下、PTA)が円熟の境地に達した長編第8作目。1950年代のロンドンを舞台に、奇矯な性格を持つ天才デザイナーと彼に見初められたヒロインの尋常ならざる関係を独特なタッチで織りあげていく演出は魔術めいており、観る者を未知の感情へと誘う。

ポール・トーマス・アンダーソン(中央)とスタッフ&キャスト
ポールトーマスアンダーソン中央とスタッフキャストGetty Images

主人公のレイノルズ(ダニエル・デイ・ルイス)がヒロインのアルマ(ヴィッキー・クリープス)を作業部屋に招待し、彼女をモデルにドレスの仮縫いを始める序盤のシーンを見てみよう。アロマの身体に熱のある視線を注ぎ、繊細な手つきで布をあてがっていくレイノルズの仕草は彼女を愛撫しているようであり、恥じらいと喜びに打ち震えるアルマのリアクションも相まって、風変わりながらも美しいラブシーンに仕上がっている。

しかし、PTAは官能的な演出で観客をうっとりさせるのみならず、描写をエスカレートさせることで、甘美なシチュエーションをスリリングな体験へと飛躍させる。アルマをモデルにドレスを設計するレイノルズの振る舞いは、次第に常軌を逸した情熱を帯びはじめ、彼女の身体を“モノ”として認識する冷徹な視線が際立つことになるのだ。また、このシーンでは、レイノルズの挙動に戸惑いを隠せないアルマの生々しいリアクションもヴィヴィッドに描写されており、PTAの冴えわたる観察眼に驚嘆の念を禁じ得ない。

物語が進展するにつれ、アルマは自身の存在が理想のドレスを完成させるための“手段”でしかないことに耐えられず、彼女なりの方法でレイノルズの心を掴もうとする。PTAはここでも「天才的な芸術家に振り回される無垢な女性」というありふれた構図に安住することはない。感情の糸(スレッド)を縫い合わせるように、アルマの狂気じみたアクションとレイノルズのリアクションを繊細に交わらせることで、両者の関係自体が唯一無二の芸術作品のような趣きを獲得するのだ。

一方、状況を説明する描写がなく、モラルを度外視した強烈なエピソードが矢継ぎ早に畳み掛けられるため、感情が追いつかない人もいるだろう。しかし、本作では登場人物と同じくらい衣装や建築物が魅力的に映されており、画面のどこを切り取っても目を惹く要素に満ちているため、絢爛たる映画空間に目を遊ばせるだけで、十分幸福感に浸ることができるのだ。

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