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ファントム・スレッド 配役の魅力

主役の天才デザイナー・レイノルズを演じたのは、歴史上唯一アカデミー賞の最優秀主演男優賞を3度も獲得しているダニエル・デイ・ルイスである。PTAとは『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)以来のタッグとなった本作では、1年もの時間をかけて有名裁縫師のもとで修行を積み、有名ブランドのスーツを複製できるほどの技術を身につけた。

オスカーを三度も受賞している名優・ダニエル・デイ・ルイス
オスカーを三度も受賞している名優ダニエルデイルイスGetty Images

本作は男女のパートナーシップや力関係、ビジネスや労働など多岐にわたるモチーフを持つが、何よりも芸術と美を肯定的に描いた作品である。ドレス作りに励むシーン以外でも、ダニエル・デイ・ルイスの身のこなしは優美そのものであり、射るような眼差しは観客の身体を硬直させるような鋭さを持っている。

一方、病床に倒れ、若い頃に亡くした母の亡霊をみるシーンでは、少年のようなあどけない表情で涙ながらに思慕の念を語る。芝居の振り幅と自然さにおいて、ややオーバーアクトな『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でのパフォーマンスよりも、ハイレベルの演技を披露していると見なすこともできるだろう。ダニエル・デイ・ルイスは本作を最後に俳優引退を表明した。

レイノルズに見初められ、後に妻となるアルマ役のヴィッキー・クリープスはルクセンブルク出身の新鋭。肉体改造も辞さない入念な役作りを身上とするダニエル・デイ・ルイスとは異なり、自然体で役に入りこむタイプである。PTAは盤石の演技プランを持つダニエルに、キャリアもスタイルもまったく異なるヴィッキーをあえてぶつけることで、異質の価値観に触れて変化していく主人公のうねるような内面の動きを見事に浮かび上がらせるのだ。

アルマ役のヴィッキー・クリープスは、英語で初めて中心的な役を演じた
アルマ役のヴィッキークリープスは英語で初めて中心的な役を演じたGetty Images

今1人のメインキャスト、レイノルズの姉・シリルに扮するのはイギリス出身のレスリー・マンヴィル。彼女は芸術家肌のレイノルズをサポートする立場でありながら、意見がぶつかったときには理路整然とした物言いで屈服させるなど、彼を裏でコントロールしている存在である。

レイノルズは美しく精巧なドレスを制作し、身にまとった女性を輝かせる一方、生き方や思想においては、妻・アルマと姉・シリルに加え、亡くなった母親からも強い影響を受けており、見ようによっては、3人の女性の手のひらで踊らされているようである。
当代屈指の名優・ダニエル・デイ・ルイスと個性豊かな女性キャスト陣が織りなすアンサンブルは不思議な磁場を作り出し、ともすると男性中心的になりがちなPTAの世界観に新機軸をもたらしている。

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