ファントム・スレッド 音楽の魅力
音楽監督を務めたのは、本作がPTAとの4本目のコラボレーションとなるジョニー・グリーンウッド。本作では、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『ザ・マスター』で披露した、映像を抽象化するような不協和音は控え目である。
ビル・エヴァンスやグレン・グールドといった稀代のピアニストにインスパイアを受けて制作されたという楽曲は、60人編成のオーケストラによって奏でられ、重厚かつ甘美なサウンドスケープを形成。楽曲自体にオリジナリティは感じられないが、映像が醸しだす雰囲気にマッチしているという点では、サウンドトラックとしての完成度は高い。
とはいえ、本作において音楽はあくまで飾りにすぎず、映像のポテンシャルをグッと高める働きを見せるのは、多種多様な物音である。アルマとレイノルズが初めて朝食を共にするシーンでは、食器がこすれる音やパンにバターを塗りつける音が、静寂を好むレイノルズの神経を逆撫でし、喧嘩の火種になる。
その後、レイノルズの性格に順応したアルマは、物音を立てずに食事ができるようになるが、両者の関係が再び険悪になると、これみよがしに物音を立てて朝食の席を台無しにする。些細な生活音に着目することによって、キャラクターの個性や人間関係の機微を鋭く表現する、見事な音響描写である。
他にもドレスを縫製するシーンでは、皮膚と布がこすれる音が生地の手触りを想像させ、アルマが暖炉の前で語るシーンでは、薪が弾ける音がうちに秘めた凶暴なまでの愛情を表現している。