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挑戦と遊び心に満ちた撮影にフォーカス

④ シャマラン作品におけるフレーム内フレームの重要性

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※ここからはシャマラン監督の過去作数本を含めたネタバレがありますので、未見の方はご注意ください。

たとえば、レナードら四人組が挙行する儀式はどう切り取られていたか。決められた時間が来た途端、意志を失ったロボットのような規則正しい動きから、他のメンバーに凄惨な暴力を振るう彼らの姿は、突然前向きに歩く代わりに後退しはじめたかと思うとそのまま自殺してしまう、『ハプニング』(2008)に現れた人々の暴力の向く先が反転したかのような印象を観客にもたらすだろう。

ブラシュケは、映像で見せる部分と音だけを聞かせる部分のバランスにも腐心しつつ、ときには武器を振りかぶったレナードに合わせてカメラを直角に傾ける派手な動きも交えながら、会心の出来と言ってよい、原作よりもはるかに不気味で滑稽な形で、一連の場面を外連味たっぷりに描き出してみせる。

同様に、エガース映画には無縁のこのような遊び心は、離れて座らされたエリックとアンドリューの間に立つレナードの巨大な後頭部がなぜか画面の大半を占領する不思議な会話場面、あるいは『サイコ』(1960)への茶目っ気に溢れた目配せが楽しいシャワーカーテンをめぐるサスペンスフルなシーン、さらにはテレビをめぐる一連の場面にも表れているだろう。

『サイン』(2003)のブラウン管テレビとVHS、『ハプニング』のタブレット、『ミスター・ガラス』(2019)や『サーヴァント』のスマートフォンなど、これまでもシャマランはさまざまなガジェットを用いながらスクリーン内スクリーンと戯れてきた。

彼はちゃっかり通販番組の司会者としてテレビ内でカメオ出演も果たしつつ今回も、リモコンやハンマーによって画面が消える瞬間を多彩に捉えることで、フレーム内フレームに観客の注意を促す。

さらに、レナードが自ら見たビジョンが現実化したことを示すために、背後で流れるニュース番組のレポーターの発言内容を先回りして再現する奇妙極まるシークエンスでは、おそらくはジオラキスが撮影した『サーヴァント』シーズン4第9話の車内場面と同様、カメラを引きながらズームインを行うことで、レナードを見つめるエリックに起きる変化を、もう一つのスクリーンを用いつつ印象的に表現してもいる。*5

主人公たちが椅子に座らされた状態で映画の大半が展開される、三人の自称ヒーローやヴィランたちが閉鎖病棟の椅子に座らされて診断を受ける『ミスター・ガラス』(2019)の一場面が拡大されたかのような、画面が単調になってもなんらおかしくない条件下で、それでもブラシュケとシャマランは、決して観客を飽きさせない多彩な画作りを見事に実現した。

では、撮影には見るべき部分が多かったとして、演出や内容はどうなのか。次に確認すべきは、近年前景化しつつある、シャマラン作品の肝であるサスペンス演出に生じたある決定的な変容である。

【中編に続く】


*1 シャマラン自身は、母ソフィーが二人の子供のうちナチスの強制収容所に連れていく一人を選ぶよう強制される、映画化もされた小説『ソフィーの選択』(1979)との類似について言及している。(『ノック 終末の訪問者』プログラム、M・ナイト・シャマランインタビュー)

*2 Tamera Jones, “M. Night Shyamalan on ‘Knock at the Cabin,’ Making Changes to the Novel & Why He Used a Lot of Close-Ups.” Collider, Feb 2, 2023.
https://collider.com/knock-at-the-cabin-m-night-shyamalan-interview/

*3 長谷川町蔵「限定された舞台設計で浮かび上がる、卓越した演出力」『キネマ旬報』1920号、2023年、46頁。

*4 『ノック 終末の訪問者』プログラム、PRODUCTION NOTESを参照。

*5 『サーヴァント』同エピソードの特典として収録されているシャマラン自身による解説映像では、ZOLLYと書き込まれた車内場面の絵コンテを確認することができる。ここでシャマランらが用いているのは、ヒッチコックが手がけた『めまい』(1958)の階段場面で有名となった、カメラを被写体に近づけつつズームアウトする手法(Dolly-In-Zoom-Out, Zolly-In)とは逆に、カメラを遠ざけつつズームインを行う撮影法(Dolly-Out-Zoom-In, Zolly-Out)である。

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