シーンの見え方を複雑にする音楽の使用法に注目
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登場人物たちを彩る音、音楽の演出も印象深い。
ベランダでカラムの背中を撮る際に聞こえてくる娘の寝息の音は、だんだんとリズミカルに、穏やかな音楽に聞こえてくる。しかし、その穏やかさは、物語が進むにつれて失われ
ていく。音楽はアンビエントなものの比率が増え、波の音が冷たく大きくなっていく。
懐かしいポップミュージックもふんだんに使われている。だが、それらはノスタルジックではあるものの、カラムにとって甘美なものではなく、その懐かしさは彼を包み込んではくれない。
『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990年)の主題歌でもあるライチャス・ブラザーズ「Unchained Melody」(1955 年)を歌う男性の歌声は、どこか気が抜けて聞こえる。
R.E.M.「Losing My Religion」(1991年)のカラオケを拒否され、ソフィは一人きりでぎこちなく歌う。それを見つめる父の辛そうな顔。懐かしい音楽は、カラムの気分を和ませはしないし、救いにはならない。
クイーンとデヴィッド・ボウイの共作「Under Pressure」(1981年)を使った場面は、まさにハイライトだと言えるだろう。90年代のソフィとカラムが仲直りした後に笑いながら踊っている様子と、想像上のレイヴのフロアで一心不乱に踊るカラムに近づき、抱きしめようとする現代のソフィとが、交互に映し出される。
ストロボ照明に当てられたレイヴのフロアでは、最終的にカラムは消え、大人のソフィだけが残る。おそらくこの映像は、大人になったソフィの観念を形にしたもので、観る者に容易に意味を確定させない、多義性を帯びている。
90年代の場面で映し出されているのは、仲直りした喜びをダンスで表現する親子の姿である。しかし、レイヴと「これが僕らの最後のダンスだ」と歌う「Under Pressure」のリリックは、カラムの孤独感と苦痛を表しているように思えてならない。喜びとその裏に隠された悲しみとが、このシーンには凝縮されている。
上記のシーンのみならず、結末を含め、本作は観客に明快な答えを与えず、物語を自由に解釈する余地を与えている。ソフィの記憶をたどっているからか、時系列もバラバラで、カラムの悩みの理由や彼の行く末についても、詳しくは説明されない。
たとえ同じ人でも、鑑賞時の状態によって、痛みや不安の考え方、感じ方が大きく変わるはずだ。我々は、ソフィと同様、記憶の余白を埋めるようにこの作品を観るのだ。
(文・島晃一)
【作品情報】
監督・脚本:シャーロット・ウェルズ(初長編監督作品)
出演:ポール・メスカル(ドラマ「ノーマル・ピープル」『ロスト・ドーター』)、
フランキー・コリオ、セリア・ロールソン・ホール
プロデューサー:アデル・ロマンスキー、エイミー・ジャクソン、バリー・ジェンキンス、
マーク・セリアク
キャスティング・ディレクター:ルーシー・パーディー
プロダクションデザイナー:ビラー・トゥラン
衣装デザイナー:フランク・ギャラチャー
音楽:オリヴァー・コーツ
サウンドデザイナー:ヨヴァン・アイデル
編集:ブレア・マックレンドン
撮影監督:グレゴリー・オーク
製作総指揮:エヴァ・イエーツ、リジー・フランク、キーラン・ハニガン、ティム・ヘ
ディントン、リア・ブーマン
原題:aftersun/2022年/イギリス・アメリカ/カラー/ビスタ/5.1ch/101分 字幕
翻訳:松浦美奈 映倫:G
© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British
Film Institute & Tango 2022
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト