“ビートルズ愛”にあふれたハートフルな映画〜演出の魅力
世界で最も偉大なバンドといえばビートルズを置いてほかにはいないだろう。ウォールストリート・ジャーナルが2018年に実施した「史上最も人気のある100のロックバンド」では堂々の1位に輝いており、誕生から60年を経て今なお広く愛され続けている。では、そんなビートルズがもしこの世に存在していなかったら…。本作は、そんな“歴史のif”をテーマとしたヒューマンコメディである。
監督は、『トレインスポッティング』『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)のダニー・ボイル。脚本は『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001)で知られるロマンス・コメディの名手リチャード・カーティス。主演のジャック・マリクは、映画初出演となるヒメーシュ・パテルが演じている。
本作の特徴は、なんといっても作品全体が醸し出す“ビートルズ愛”に尽きる。多くのイギリス人同様ビートルズの大ファンであるダニーとリチャード。リチャードに至っては、「ザ・ビートルズが僕の人生の中で一番大事」とまで言い切っている。そんな2人がタッグを組んだのだからもうやりたい放題。とくに中盤、ジャックがリバプールのビートルズゆかりの聖地をめぐる場面は、ファン垂涎のシーンとなっている。
そんな彼らの熱い思いは、本作のあるキャラクターのセリフに凝縮されている。「ビートルズのいない世界は、たまらなく退屈よ」。
また、本作を考察する上で、ジャックが事故に遭う前後で「何が消えて、何が残ったのか」は興味深いポイントとなっている。消えたものの代表例としては、「ビートルズ」や「コカ・コーラ」、「ハリーポッター」に加え、ビートルズに影響を受けたバンド「オアシス」、世界的ラッパーの「ジェイ・Z」など。一方、残っているものの代表例としては、「ペプシ」、「ローリング・ストーンズ」、「レディオヘッド(主人公の部屋の壁にポスターが貼られてある)」などである。
「消えたものと残ったもの」に法則性は見出せないが、注目すべきは、ビートルズやコカコーラ、ハリーポッターが存在しなくても、我々の日常は変わらないという点である。例えば、自動車やコンピュータが存在しない世界であったならば、人類の暮らしや街の光景は劇的に変わるだろう。一方、コカ・コーラがなくてもペプシコーラが代わりを果たしてくれるし、音楽に関しても同様だ。本作の設定には、『ザ・ビーチ』(2001)や『スラムドッグ$ミリオネア』といった過去作で、消費社会や資本主義への皮肉を盛り込んだダニー・ボイルならでは問題意識が垣間見えるのだ。