ダークナイト 脚本の寸評
『バッドマン・ビギンズ』の続編となる本作の脚本は、クリストファー・ノーランと弟のジョナサン・ノーランの共作だ。正義の徒であるバットマンと悪を体現するジョーカーの対決がダイナミックに描かれているが、ジョーカーはしばしばバットマンに自身の命を差し出すなど、従来のアクション映画の悪役とは異なる顔を持っている。
ジョーカーは怨念に満ちた復讐犯でも、目的を欠いた愉快犯でもなく、人々の道徳観に揺さぶりをかけ、怒りと憎しみを肯定する、危険な悪の宣教師なのだ。二隻の船に囚人と一般人を振り分け、互いに殺害権利を与えるジョーカーの計画は、倫理的な問題をはらんでおり、観る者を安全圏から引きずり下す力を持っている。
判事のハービー・デントがジョーカーの教唆によって悪に堕ち、自ら命を絶つクライマックスは暗く、救いがない。本作がヒーロー映画ならではの爽快感を犠牲にしてまで描き切ったのは、9•11同時多発テロ事件以降、文明衝突が明るみになり混迷を極めるアメリカの自画像である。それをピエロのメイクさながらに、娯楽的な要素をまぶして、戯画的に表現した脚本は賞賛に値するだろう。