省略を活かしてショッキングな効果を与える~演出の魅力~
トマス・ハリスのベストセラー小説を原作に、FBIの女性訓練生と猟奇殺人鬼の奇妙な交流を描いた、サイコホラーの金字塔。ホラー映画として初めてアカデミー賞作品賞を獲得するのみならず、主要5部門(作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚本賞)を制覇した史上3番目の映画となった。他の2本は『或る夜の出来事』(1934)と『カッコーの巣の上で』(1975)。ちなみに本作以降、主要5部門制覇の偉業を成し遂げた映画は現れていない。
監督を務めたジョナサン・デミ(1944〜2017)は、B級映画の帝王として名高い、プロデューサー・映画監督のロジャー・コーマン(1926〜)のもとで腕を磨き、低予算ながらも充実した作品を作り続けてきた職人監督。無駄な描写を省いてショッキングな効果をもたらす熟練の演出は、本作でも存分に発揮されている。
映画はFBI研修生のクラリス(ジョディ・フォスター)が山林でトレーニングに励んでいる最中に、上司から呼び出されるシーンから幕を開ける。上司が待ち受ける部屋に駆け足で向かうクラリスのアクションは省略なしで映し出される。一見すると蛇足的な描写に思えるが、エレベーターで満員の男性に囲まれるカットが明白に示すように、クラリスの行動をただ追っているだけに見えた一連の映像は、彼女が置かれている環境—圧倒的に男性優位の社会—をさりげなく、かつダイレクトに表現しているのだ。
部屋にたどり着いたクラリスが壁に目を向けると、そこには猟奇殺人犯・バッファロー・ビルの餌食になった女性たちの写真が貼られている。カメラは男性社会をたくましくサバイブするクラリスを追い続け、最後に女たちの遺体を映し出す。そうすることで、観客はクラリスへの感情移入を強め、作品が提示する無慈悲な世界観を一挙に把握する。殺害シーンを直接描かずとも観客を引き込み、ショックを与える素晴らしいオープニングである。
他にも、省略を活かした演出は随所で光る。レクター(アンソニー・ホプキンス)が脱獄するシーンを見てみよう。レクターは看守2人をまたたく間に殺害し、被害者になりすまして救急車に運び込まれ、まんまと逃げ切る。ここでは、救急車の中でレクターが起き上がり、仮面を剥ぎ取ったところでシーンがカットされる。その後の惨劇は観る者の想像に委ねられるのだ。
いくらコストをかけてリアルを装っても、劇映画であるからには、本物の遺体や殺人の現場は映すことができない。ジョナサン・デミは映画表現の限界を逆手に取り、決定的な瞬間を見せずにおくことで、表現の強度を最大級に高めることに成功している。